エピソード1

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 事務所に同行してくれた男ですが、その態度はいたって冷静のままでした。普通は動揺したり落ち込んだりと、さまざまな反応があるのですが、男からはそうした反応は見られませんでした。  余談ですが、もし万引きGメンの同行願いを拒否した場合どうなると思いますか?  答えは何もならないです。万引きGメンには強制力はありませんから、事務所に来てと言われても嫌ですと断ることができます。  さらに、テレビなんかで氏名住所を尋ねるシーンもありますが、これも拒否しても問題ありません。  ただし、警察に通報されるときに若干不利になる可能性があります。警察に万引きで通報すると、必ず万引き犯の氏名住所生年月日、さらには認否を尋ねられます。このときに、否認していたり氏名住所を拒否していると伝えると、ちょっと警察の動きも変わってくるように感じます。  ちなみに、万引きGメンの声かけから逃走した場合、ほぼ逮捕の手続きがとられます。普通、万引きで逮捕されることはありませんが、逃げたり抵抗した場合は、軽い処罰ですまなくなることもあります。  なので、ひょっとしたら男はそのことを知っていて素直に応じているのかなと最初は思いました。大人しくしておけば軽い罪ですむから、黙ってこちらの対応に従っていると思っていました。  それが間違いだとわかったのは、警察に通報した後でした。通常、万引きの通報で来るのは管轄の交番の警察官です。盗犯係の刑事が直接来ることはまずありえません。  しかし、この時現れたのは盗犯係の刑事でした。この時点で、男が普通の万引き犯ではないことが確定します。前科多数の常習窃盗犯か、執行猶予中か、別件で警察がマークしていた人物といった感じになります。  盗犯係の刑事が来ると、ほぼ逮捕の手続きで事件は進みます。通常の万引きのように、警察署に任意同行して微罪処分(警察が重宝している簡易な事件処理)で終わりとはなりません。  結局、男は逮捕されて警察署に連行されていきました。その結果わかったのですが、男が事務所に同行した時に見せていた態度は、こうなることがわかっていたからこその開き直りだったのです。  今では無理ですが、この当時は警察からある程度犯人の話を聞くことができました。といっても、既にニュースになっているようなものばかりでしたが、それでも男の素性を知ることができました。  男は、予想通り常習窃盗犯でした。高額家電製品を中心に、ありとあらゆるものをネットで転売して生活していました。  この当時は、まだネットの転売が主流になりかけていた頃で、警察の監視の目も今ほど強くなかったと思います。  そんなネット転売という方法で男が一年間で稼いだ金額は数千万円でした。  数千円ではありませんよ?  数千万円です。なので、万引きの被害額でいったら億に届くくらい荒稼ぎしていたわけです。  こうなると、もうまともな生活には戻れませんよね。働かずして年収数千万円ですから、一度や二度捕まってもやめられないのが、窃盗の恐ろしいところです。  しかも、男も他の万引き犯のようにでき心でジュース一本を盗んだのが始まりだったそうです。  ジュース一本のでき心が、気づけば年収数千万円の大泥棒になるわけてすから、万引きとはいえ恐ろしい犯罪だといえます。  この事件をきっかけに、私はどんな万引きでも警察に通報するようにしました。例え百円のジュースでも、警察が嫌そうな顔をしても、必ず通報して微罪処分だろうとなんらかの処分を受けてもらうようにしました。  出来心だからとか、百円ぐらいだとか甘い考えは確かにありましたが、その甘い考えが万引きを助長させ、さらに被害を拡大させると思います。  今回の事件は、泥棒生の始まりとなったきっかけが万引きだとしたら、やはり早く発見して捕まえるのが大事だと思わせてくれた貴重な事件でもありました。
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