エピソード3

2/2
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
これからご紹介する話は、万引きGメンを長年苦しめてきた万引き犯のお話になります。と同時に、冒頭で書きました問題について触れていきます。 今回、その万引き犯をAとします。Aは、一見したら真面目そうな二十代後半の青年でした。売り場で出会っても、怪しい人物としてマークすることはなさそうなくらい人畜無害といった感じです。 そんなAの犯行を目撃した万引きGメンが半信半疑のまま追尾したのですが、そこで思いもよらぬことがおきたのです。 なんとAはすぐに万引きGメンの存在に気づき、盗んだ商品を売り場に戻してお店につきまとわれたとクレームを入れる行動にでたのです。 いくら万引きの疑いがあるとはいえ、その犯行が途中で断念されればお店としては手も足も出せません。鬼の形相でクレームを続けるAに対してただ謝り続けるしかありませんでした。 しかも、そうしたことが何度も繰り返されることになり、結局万引きGメンだけでは対応できないということで、私に対応の相談がきたのです。 相談を受けてAを調査した結果、Aの来店日時に法則性はなく、まさしく神出鬼没といった感じでした。しかも、来店してから退店していくまでの間ずっと周りを警戒していて、少しでも不審なことがあると犯行には及ばずに帰るということもありました。 この状況では現行犯逮捕は難しいと判断した私は、すぐさま事後捜査型の対応に切り替えました。事後捜査型というのは、犯行の映像だけでなく犯人を特定できる情報を一緒に警察へ提出し、警察に犯人を逮捕してもらう手法です。 数年前から始めたこの手法は、防犯カメラを犯行の記録だけでなく犯人を特定するための情報を得るためにも設置するというやり方から始まりました。難しく書いていますが、要するに犯人の特定につながる情報(クレジットカード、ポイントカード、車のナンバー等)をきちんと防犯カメラに収めるように設置を見直したわけです。 これにより、万引き犯が捕まる可能性が飛躍的に向上しました。特に車のナンバーを防犯カメラが記録できるようになってからは、ほぼ高確率で犯人が捕まるようになりました。 Aに対しても、同じ手法で対応に臨みました。まずは車の車種とナンバーを割り出します。その次に犯行現場を割り出していったのですが、Aは防犯カメラを警戒しているのか、なかなか犯行現場をカメラにおさえることができませんでした。 Aの犯行内容は、雑貨や玩具を中心に窃盗してリサイクルショップに売るものでした。こう書くとリサイクルショップで足がつくのでは? と思われるかもしれませんが、実際はそう簡単には足がつきません(理由を書くと悪用される恐れがあるので、ここでは割愛させていただきます) どうするかいろいろ考えた結果、私は一つの作戦を実行することにしました。 内容は、Aが狙いそうな商品をあらかじめ特定のエリアに配置してもらい、近くの防犯カメラではなく遠くの防犯カメラで記録するというものでした。近くの防犯カメラは別の方向に角度を調整することで、Aの油断を誘ったわけです。 作戦を開始してから数日後、設置していた商品がなくなっていました。すぐに従業員に確認したところ、売上はなく在庫も誤差が発生しているとのことでした。 従業員からの報告に手応えを感じながら防犯カメラをチェックしたところ、Aが商品を手にしているのが映っていることを確認しました。 この時点で、内心喜びながらいつものように被害届を出す準備に入りました。Aの車はナンバーと車種もわかっていましたので、これまで通りなら捕まるのは間違いありませんでした。 これでようやくAとの攻防も終わると、私も店の人も思っていました。 ところが、その希望は出鼻からくじかれました。犯行映像をみた警察官より、なぜか被害届は受理できないと言われたのです。 一瞬、意味がわかりませんでした。今までのケースでは、犯人を特定できる情報があれば警察も特に問題なく被害届を受理してくれていました。それが、なぜか急に難色を示し始めたのです。 変だなと思いつつ理由を尋ねると、カメラが遠くて被害商品を断定できないことと、犯行の一部(今回は商品をトイレに入ってバックに入れてました)が不明(さすがにトイレの中には防犯カメラはありません)なため、被害届としては受理できないとのことでした。 ここでおさらいしておきます。Aが盗んだ商品は、あらかじめ犯行を確認できるように設置したものです。いくらカメラが遠いとはいえ、商品も映っていますし、Aが手にするところも映っています。つまり、商品がなくなる直前に手にしていたのはA以外にいないわけです。 にもかかわらず、警察官はのらりくらりと被害届の受理を拒んでいました。ただ、警察官の名誉のためにも書いておきますが、現場に来た警察官はわさと受理を拒否しているわけではありません。その背後にいる刑事課の指示によって受理を拒んでいるのです(実際の現場では、交番から来た警察官が警察署にいる刑事課と電話でやりとりしながら対応されています)。 つまり、窃盗事件の捜査のプロたちが、今回の事件はあえて被害届として受理するなと言っていたわけです。 正直なところ、これには驚きしかありませんでした。犯人につながる車の情報もあるにも関わらず、警察は捜査を渋っているのです。 この事件を境いに、被害届を受理してもらうハードルが一気に上がっていったように思います。今では、被害届の受理条件も変わっています。被害品の確定、在庫誤差の発生(これも盗難された数と合わないとダメです。例えば、一つしか万引きされてないのに二つ誤差が発生していたらアウトになることもあります)、犯行内容の映像に瑕疵がない(一部が映ってない等)、犯行から退店するまでの間に映像が切れていない等、求められるレベルが一気に上がりました。 正直な話、そんなパーフェクトに犯行現場が映ることは稀です。もし全ての犯行を確実に記録しようと思ったら、天井が防犯カメラだらけになってしまいます。 では、なぜこんな状況になってしまったのでしょうか? 防犯カメラに犯行と犯人が映っているのに、被害届として受理できない理由。 それは、万引き事件に関するある裁判所の判決に答えがあったのです。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!