未来が見える絵本

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未来が見える絵本

「おい、アリ。またアリを探しているのか?」    小学校からの帰り道、下を向いて歩いていると、後ろから俊哉君の声が聞こえた。アリとは僕のあだ名だ。 「違うよ」    僕は慌てて顔を上げた。 「ふーん」    俊哉君はニヤニヤしながら僕を追い越していった。    俊哉君の姿が見えなくなると、僕は再び地面を見ながら歩き始めた。だけどアリの姿がとこにも見えない。まだ肌寒いけどもう三月。そろそろ冬眠から目覚めてもいいはずなのにな。僕は久しぶりにアリに会いたくてウズウズしていた。    アリとの再会をあきらめて前を向くと、俊哉君とマミちゃんが道で立ち止まっている。よく見るとマミちゃんは分厚い本を手にしていて、それについて話し合っているようだ。どうやら道で拾ったらしい。気になった僕は立ち止まって二人の様子を伺った。 「ちょっと貸して」  俊哉君がマミちゃんの手から絵本を奪った。そしてページをめくり読み上げた。 「未来が見える絵本? なになに、この絵本は、人の未来を見ることが出来ます。だってさ」    俊哉君がぷーっと噴き出した。 「えーっ、でもなんか面白そうだよ。俊哉君ページめくってよ」    マミちゃんが目を輝かせながら言った。興味が湧いた僕は背伸びをして絵本を覗き込んだ。その絵本は古めかしくて、なんだか異様なオーラを放っている。 「わかったよ。未来かあ。てことは、俺がプロのサッカー選手になっているか確認できるな。まあなっているに決まっているけど」    俊哉くんは自信満々な顔でページをめくった。すると、絵本がピカーっと光った。 「うわっ」    俊哉君が大きな声を上げた。俊哉君は辺りを見渡しながら目をパチパチさせた。そして、再び絵本に目を落とした。  僕も後ろから覗き込むと、そこにはサッカーをしている俊哉君の絵が描かれていて、そこには文章も添えられていた。俊哉君は絵本を読み上げた。 「小学六年生の俊哉君はサッカーが得意で、クラブチームではキングと呼ばれ、チームを引っ張っています。って、これ本当に俺のことが描かれてるじゃん」    俊哉君は興奮気味に叫んだ。 「えっ、なに怖いんだけど」    マミちゃんは気味悪そうに言った。  たしかに俊哉君はサッカーチームのエースでキングと呼ばれている。だけど、どうしてそんなことが描かれているのだろう。    俊哉君を見ると、ワクワクした様子で次のページをめくった。僕はもう一度背伸びをして覗き込んだ。そこには、今よりも背が伸びた俊哉君がシュートを決める絵が描かれていた。 「中学生になっても俊哉君は相変わらずエースです。足の速さを活かし、得点を量産します。中学三年生になると、サッカーの名門校からスカウトされます。だってさ」    俊哉君は「よしっ」と嬉しそうにガッツポーズを繰り出した。 「すごいじゃん」    マミちゃんは俊哉君の肩をつついた。  照れながらも俊哉君は勢いよく次のページをめくった。  そこには、何故かベッドで寝転びスマホを操作する、成長した姿の俊哉君が描かれていた。 「なんだこれ」    絵を見て困惑の声を出した俊哉君は、慌てて文字を見た。でも、声には出さなかった。僕は文字を目で追った。  そこにはこう書かれていた。 『サッカーの名門高に入った俊哉君は必死に頑張って練習に励みましたが、周りのレベルが高く、スタメンはおろか、ベンチ入りすら叶いませんでした。絶望した俊哉君はサッカー部を辞め、それからというもの、放課後はスマホゲームで課金三昧の日々』    そこまで読んでから俊哉君を見ると、肩が小刻みに震えていた。 「嘘だ嘘だ」    肩だけではなく声も震えている。 「そんなに落ち込まないでよ。次のページにいいこと書かれているかもしれないじゃん」     マミちゃんは薄い笑みを浮かべながら言った。 「いや、もういい」    俊哉君は絵本を閉じた。 「えっ、いいの? じゃあ貸して」    マミちゃんは肩を落とした俊哉君から、勢いよく絵本を奪った。  本を奪われた俊哉君は「モデルになってるといいな」とマミちゃんに声を掛けた。 「違うよ。私の夢はモデルじゃない。世界で活躍するスーパーモデル」    マミちゃんは自慢の長い髪をかき分けた。なんだかすでにモデルみたいだ。マミちゃんは顔も可愛いし、背が高くてスタイルが良い。将来モデルになっても不思議ではないと思った。マミちゃんを見ると、すでにページをめくっていた。さっきと同じように絵本から光が放たれた。  光がおさまると、そこには今現在のマミちゃんが描かれていた。マミちゃんは絵本を読み上げた。 「えーなになに、小学六年生のマミさんは、圧倒的なビジュアルからクラスのアイドル的存在。ってそんなことはわかってる。そんなことより次」    気が急いているマミちゃんは、乱暴にページをめくった。次のページには、制服を着たマミちゃんが背の高い男子と向かい合っている。その絵にはこんな文章が添えられていた。 『中学に入ってもマミさんはみんなのアイドルです。毎日のように男子から告白されます』    横からマミちゃんの顔を見ると、満足そうににやけていた。そして、次のページをめくった。 「えっ、なにこれ」    マミちゃんは口を開けたまま固まってしまった。    絵本には、中学とは違う制服を着たマミちゃんが、たくさんの女子生徒と一緒にいる。そこに描かれているマミちゃんは、今と違ってちょっとぽっちゃりしている。それに他の生徒と比べて身長も高くない。むしろ低いくらいだ。 『高校生になったマミさんです。どうやら中学一年で身長が止まってしまったようです。少しふっくらして健康的な女子に成長しました。高校に入ってからは男子から告白されることがなくなったようですが、その代わりに友達が増えたようで楽しい毎日を過ごしています』    僕は恐る恐るマミちゃんを見た。マミちゃんの全身がプルプル震えている。すると、隣で絵本を見ていた俊哉君が口を開いた。 「そういえば、マミのお父さんもお母さんも背が高くないもんな」 「うるさいっ」    俊哉君に対してマミちゃんが鬼みたいな顔で怒鳴った。迫力に負けた俊哉君は気まずそうに「ごめん」と言った。 「もういい」    マミちゃんも俊哉君のように途中で絵本を閉じてしまった。そして斜め後ろを向き、 「なんだアリいたの? あんたも見てみれば」  マミちゃんは僕に本を投げつけるように渡した。そして、「私、帰る」と言って大股で歩いて行ってしまった。 「じゃあ俺も帰るか。はあ」    俊哉君はため息をつき、トボトボと家の方に歩き始めた。俊哉君の背中はなんだか悲しげだった。    一人残された僕は本を手にしたまま困ってしまった。警察に届けた方がいいのかなあ。そんなことを考えていると、丸メガネをかけた男がキョロキョロしながら歩いていた。何かを探しているように見えた。 「もしかしてこの本を探していますか?」    僕が声を掛けると男は慌てて走り寄り、僕の手から本を奪った。 「あーよかった。なくしたら大変な目にあうところだった」    男は本を大事そうに抱きかかえた。男の額には汗の粒が無数についていた。男の様子をじっと見ていると、その視線に男が気づいた。 「あっ、ごめん。驚かせちゃったよね。この絵本は僕のなんだ。拾ってくれてありがとう。ところで君、この絵本開いちゃった?」 「いえ、見ていません」 「そうか。この絵本はねえ。未来が見える絵本なんだよ」    男は得意げに言ったが、そんなことはもうすでに知っている。 「本当は、人間には見せてはいけないルールなんだけど、拾ってくれたお礼に特別に見せてあげてもいいよ」    人間には? 一体何を言っているんだこの人は。僕はすぐにでもこの場から立ち去りたかった。 「で、どうする? 見る?」  男がもう一度尋ねてきた。 「僕はいいです」   「えっ、なんで? 自分の将来を知りたくないの? 夢が叶うかどうかとか」 「はい知りたくないです。夢なんて叶うはずがないし」    そう答えると、「ちぇつまんないの」と男は口を尖らせた。そして、 「で、君の夢はなんなの?」    男は不貞腐れたように僕に尋ねた。 「言いたくない」    僕はうつむいた。 「あっそ。じゃあ自分で調べちゃお」    男は絵本を開いた。 「へえーっ、君はアリが好きなんだ。将来の夢はアリ博士かあ」    そんなことが描かれているのか、恥ずかしくて顔が熱くなる。だけど、男は馬鹿にする様子もなく純粋に興味を持ってくれているように見えた。 「アリのどんなところが魅力的なの?」    男に聞かれた。本当だったら答えたくない。でも、もうバレてしまっているし、男があまりにも興味深々だったから、ついアリの魅力を伝えたくなってしまった。      アリの魅力。それはとても働き者なところ。上空一万メートルから落下しても死なないくらい強いところ。アリは人間よりも規律正しいから、道で行列を作ってもけっして渋滞しないこと。 気づくと、僕は夢中になってアリを語っていた。 「そんなに好きなんだね。だったらもっと堂々としていればいいのに」    それは無理だ。堂々となんてできるはずがない。そんな態度を取ったらどうなるか僕は知っている。    あれは三年生のとき、将来の夢を発表する授業があった。みんなはスポーツ選手になりたいとか、医者になりたい、ケーキ屋になりたいとか、それぞれの夢を発表した。そして僕の番になったとき、僕はクラス全員の前でアリ博士になりたいと宣言した。するとクラス中が爆笑の渦に包まれた。一体何がおかしいのか僕にはわからなかった。でも、「なんだよアリ博士って」と揶揄うような声が聞こえたときにわかった。そうかアリ博士っておかしな夢なんだって。僕は立ったまま恥ずかしさでいっぱいになった。 さらに印象的だったのは子供だけではなく先生も笑っていたことだ。  あれ以来、僕はアリを好きなことを隠すようにしている。そもそもアリ博士なんて職業を聞いたことがない。そんな職業はないんだ。ということは絶対に叶わない夢なんだ。    だけど、男に向けてアリを語っているときは楽しかった。みんなからは気味悪がられたけど、やっぱり僕はアリが好きなんだ。できれば一生アリに囲まれて暮らしたい。もっとアリについて勉強したい。学校の勉強は嫌いだけど、アリのことだったらいくらでも勉強できる気がした。満たされた気持ちでいると男が絵本を広げた。 「さっきさあ、君は夢は叶うわけないって言ったけど、たしかにそうだよ。どんなに願ったって努力したって叶わないものは叶わない」    やっぱりそうか。どんなに頑張っても才能があってもダメなんだ。僕は俊哉くんとマミちゃんを思い浮かべた。 「でもね、夢を叶える人っていうのは、夢を諦めなかった人だけなんだよ」  男はそう言いながら絵本の最後のページを開いた。そして、僕を見て微笑んだ。 「どうやら君は夢を諦められない性分らしい。その証拠にほらっ」    男は僕に向けて絵本を広げて見せた。
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