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 大学に入学して半年ほど経った頃、高校のバスケ部で一緒だった坂井修史から、久々に連絡があった。  電話越しに、以前と変わらない穏やかな声音で調子はどう?と聞かれ、石川は何となくホッとする。  それほど昔のことではないはずなのに、高校時代の様々な感覚が、懐かしく甦ってくる。  思い浮かぶのは、試合の光景だ。この声に、何度も背中を押された。例えどんなに厳しい試合でも、修史が大丈夫と言えば大丈夫だと思えたし、実際何とかなることが多かった。  部長を務めていたのは石川だが、コーチングは修史の方が長けていたと思う。  もしかしたら卒業後も、修史はこんな風に仲間を気づかって連絡をしたりしていたのかもしれない。自分には、そんな余裕が全くなかった。今さら、そんなことに気付かされる。 「…どうもこうも、忙しい」  つい、そんな愚痴をこぼしてみる。  希望して選んだ学部だったが、とにかく課題が多く忙しい。面白そう、と思ってうっかり選んだ学科の教授たちがことごとく個性的な面々で、この半年、息つく暇もなく過ぎていた気がする。 『理学部の忙しさなんて、オレには想像つかないけど。石川がそう言うなら、けっこう大変なんだろうな』 「そっちだって、だいぶ大変だろう」  修史はもともとの志望どおり、名門の法学部に進んでいる。大変でないはずはないのだが、修史からは、まあ大変なのはわかってて選んだから、という答えがさらりと返ってくる。  何となくの興味で理学部を選んだ自分と、早くから将来の目指す姿が決まっていた修史とは、覚悟が違うのかもしれない。 『食事するくらいの暇、あるか? 忙しければそっちの近く、行くけど』  そう聞かれ、大丈夫だけどと頷いてから、ふと思いついて聞いてみる。 「そういや、山崎は?」 『桂?』 「変わりない?」 『…特に、変わりないけど』  山崎桂は、修史の幼なじみである。同じ清鳳学園に通っていたため、石川も顔見知りだ。  同性に対して綺麗だとか美人だとか形容するのはどうかと思うが、桂に関しては、石川の語彙ではそんな表現しか思いつかない。 「頼むから、一緒に連れてきて」 『は? 桂を? …別にいいけど。何か用?』 「いや、ただ癒されたいんだ。大学、男ばかりなのは別に高校と特に変わらないけど、あのレベルの綺麗なやつは全く見かけない。むさ苦しくて死ぬ」 『今どき、理系だってけっこう女子がいるだろ。それに、桂は別に癒し系じゃないから…』  まあ、予定を聞いてみる、と言って通話は切れた。石川はホッと息をつく。  修史と桂が、変わらない様子なのは喜ばしい。高校時代、桂のようにキラキラした存在が視界の中にいるだけで、ずいぶんと気持ちが明るくなっていたように思う。たとえそれが、修史の大切な相手だとしても。  修史といて、桂が幸せそうなのが何より良かった。その隣で修史が穏やかに笑んでいると、絶対的な安心感があった。  癒されたい。それは本音だった。別に優しい言葉や慰めが必要なわけじゃない。  変わらず、修史の隣に桂がいてくれるだけでいいのだ。それだけで、安堵できる。  変わりなく、二人がいること。それぞれの道を前に進んでも、離れずにいること。ただそれを、見ていたかった。
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