痛恨の盗難品

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 猫柳(ねこやなぎ)ミチオは、苗字の通りネコのように顔を撫でた。  猫柳の事務所は都内にある。結構いい立地だと思うのだが、客は少ない。  ミチオはふぅと一言漏らし、つい先日購入したばかりの名刺を無造作に机に置いた。 『猫柳探偵事務所、兼、喫茶店』  名刺に載せられた写真は二十台の若々しい顔であるが、実年齢は30歳だ。写真から漂う少年から青年に移る若々しさはもう無く、鏡を見ればいいおっさんの中肉中背が映し出されるだけだ。  喫茶店は4席。マホガニーの机と本革の椅子とかなりこだわったと自負している。探偵稼業一本ではやっていけないので、趣味と実益で始めたはいいものの、こちらも連日開店休業状態だ。  自家製のコーヒーをドリップしていたところ、不意にチリンと入り口のベルが鳴った。  久方ぶりの来客!  猫柳は猫が毛を逆立てるがごとく、臨戦態勢に入った。  入口をおずおずと開けた人物は、おそらく20代後半の、青いジャケット越しにも痩せていると確信できる男性だった。  とはいえ、病的な痩せ方ではない。むしろ高身長でスマートな印象を受ける。探偵稼業として人相風体を見分けることには自信がある。靴はブランド物の革靴。しっかり磨かれている。  整った顔つき。やや面長だが鼻筋はすっきりとし、大きな目には屈託の無さそうな黒い瞳が浮かんでいる。長いまつ毛。髪はスポーツ選手のように短く、クセやハネはない。  一般的には美青年に分類されるだろう。
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