14人が本棚に入れています
本棚に追加
/107ページ
「挨拶や、相手に心からの感謝や謝罪の言葉を向けることは大切だよ。これは本当。
でも今の世の中、それができなくても生きて行けている人達がほとんどなんだ。
俺とかマリーちゃんとかはバンドマン── 音楽業界の仕事もしているからさ。俳優さんとか芸人さんとか、芸能界もそうだろうけど。
ある意味、人気商売だから。挨拶ができる人とできない人とで天秤にかけた時、能力の良し悪しの前に、まず挨拶ができる人が選ばれるような世界なんだ。
だから自ずと挨拶とか、感謝や謝罪の言葉の大切さが学べるんだ。
でも、ある決まった時間帯にそこにいるだけで給金をもらえてしまうような人々はどこかで麻痺して。いつしか、そんな当たり前のことすら忘れてしまうんだろうな。
これって、立派な退化だよ。
でも実花ちゃんには、シゲさん── お父様がそう教えてくれていたように。挨拶や、心からの感謝や謝罪の言葉の大切さを知っていて欲しい。
…… って、こんな金髪野郎に言われなくてもわかってるか」
実花ちゃんは人懐っこそうな笑顔を向けてくれる。それはどこか、シゲさんの面影に似ているような気がした。
「ああ…… なんか、父以外の人に理解してもらえると、どこかスッキリしますね。もうひとつ、愚痴ってもいいですか?」
時間の許す限り、お好きなだけどうぞ。俺はそんな意味で頷きながら右手で合図を送る。
すると実花ちゃんは、ありがとうございます。と笑顔を向けてからコーヒーカップを口にする。
そしてひとつ、深呼吸をしてから口を開いた。
「さっき店長さんは、あの家でひとり暮らしは大変じゃないか、って仰ってくれていましたけど。
むしろ楽しみなんです。好きな時に好きなだけ家事ができると思うと。今までは母に隠れるようにしてやって来たことが多かったので」
母親に隠れてやらなければいけない家事とは、なんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!