Case 7-1:Please Please Me

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「四国でも『予讃線』が通る瀬戸内側は、新幹線沿線から行く方法がいくつかあるけど、『土讃線』の太平洋側へは瀬戸大橋しか足がないからね。  そのへんの乗客を上手いこと分散させているんでしょ。『予讃線』なら高松、『土讃線』なら岡山、って」 「なるほど。でも、高松に寄ったからあんなに美味いうどんを食べられたんじゃないか」 「ま、そうだけど……」  遠くに見えた派手な色の列車が、どんどんふたりが立つ宇多津駅のホームに近付いて来る。どうやらあれが、これから乗り込む高知行きの特急、『南風(なんぷう)』号らしい。  そう言えば、高松から乗った電車も『快速 南風リレー号』と案内されていた。 「さすが詳しいね。いつ、どれくらい居たんだ?香川には」  光が会話を再開させたのは『自由席』と掲げられた車両のドアから乗り込み、空いているシートにふたり並んで座ってからである。  平日の昼間ということもあり、岡山からやって来た特急には空席が目立つ。 「香川県内、って言い方をするなら2回あるな。  一度目は明治の初期。ちょうど『文明開化』の頃で、この瀬戸内にもそれが浸透しつつある時代だった……」  昔のことを思い出しているのか。窓際の席を陣取った剛は窓越しの讃岐(さぬき)平野を眺めて目を細める。 「戸籍なんて厄介な制度が出来ちまったもんだからさ。その相談をしに生まれた吉備(きび)の医者のもとを訪ねたついでに。海を渡った先の讃岐で厄介になろうと考えたんだ。  ちょうどこのへんの漁師町だったと思う。海鮮物を扱う問屋がいくつもあってさ。その中の1軒で働かせてもらっていた。  二度目は戦後。まだ本州とを結ぶ橋なんてない時代だったから。海運が大きな港町に集中していた。  俺は高松の海運会社で働かせてもらっていた。ちょうどその頃かな、ギターに興味を持ち始めたのは」  一度目の文明開化の時代からでは街並みも変わってしまっているだろうが。戦後からならばまだ、面影くらいは残っているかも知れない。  だから高松の街にあんなに詳しかったのか。と、光は改めて感心する。
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