14人が本棚に入れています
本棚に追加
「こちらこそ改めまして。わざわざお越しいただいてありがとうございます、大西です。何もないところですが、どうぞゆっくりして行ってください。
こんな場所ではなんですから。母のコレクションがある部屋にソファーもあります。早速ですがどうぞこちらへ」
光から受け取った手土産を、並んでいる妻にスルーさせながら作業着の男性が言う。
下の名前こそ名乗らなかったものの。現れた彼がお目当ての人物である雅朗氏なのであろう。
雅朗は腕を土間の奥のほうに向けて光達の移動を促す。そして振り返りざま、お茶を淹れ直して。と妻に告げる。
「わぁ……」
ダイニングから土間をさらに奥へ進んだ、障子の引戸で仕切られた先。靴を脱いで上がりこんだその部屋に、光はありきたりの反応をしてしまう。
ここはレコード屋か、はたまた博物館か。
壁一面にはLPレコードのジャケットがディスプレイされ、本町ストアの本店で見かけるようなLPレコードを収めるための什器がいくつか並び。
もう片方の壁一面はCDを収めるための書架があり、そこにはギッシリとCDが並んでいる。
その片隅にオーディオのローボードがあり、アンプやCDプレイヤー。それだけでなく、立派なターンテーブルさえもある。
ここは本当に電車やタクシーをいくつも乗り継がないと辿り着けない、山中の古民家なのか。俄かには信じ難い光景だ。
「どうぞお掛けください」
雅朗は呆気にとられるふたりに、目の前のオーディオセットに向いたソファーへの着席を促し、自分はその前に置かれた背凭れのない小さな椅子に腰かける。
「これが、大西さんのコレクション……」
ソファーに腰を下ろしながらも、壁のジャケットや書架を眺め続けている光が呟く。
「はい。母が遺したものを、今は私が管理しています。母の血を継いでいるのか、私も無類のロック好きでして。
こんな場所で農業をしながらなので、買い物は月に一度ほど訪れる高松にある店か、特定の通販サイトで信用できるお店だけにしています」
その信用できる店に『本町ストア』は選ばれている。誇らしい限りだ。
最初のコメントを投稿しよう!