Case 7-1:Please Please Me

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「こちらこそ改めまして。わざわざお越しいただいてありがとうございます、大西です。何もないところですが、どうぞゆっくりして行ってください。  こんな場所ではなんですから。母のコレクションがある部屋にソファーもあります。早速ですがどうぞこちらへ」  光から受け取った手土産を、並んでいる妻にスルーさせながら作業着の男性が言う。  下の名前こそ名乗らなかったものの。現れた彼がお目当ての人物である雅朗氏なのであろう。  雅朗は腕を土間の奥のほうに向けて光達の移動を促す。そして振り返りざま、お茶を淹れ直して。と妻に告げる。 「わぁ……」  ダイニングから土間をさらに奥へ進んだ、障子の引戸で仕切られた先。靴を脱いで上がりこんだその部屋に、光はありきたりの反応をしてしまう。  ここはレコード屋か、はたまた博物館か。  壁一面にはLPレコードのジャケットがディスプレイされ、本町ストアの本店で見かけるようなLPレコードを収めるための什器(じゅうき)がいくつか並び。  もう片方の壁一面はCDを収めるための書架があり、そこにはギッシリとCDが並んでいる。  その片隅にオーディオのローボードがあり、アンプやCDプレイヤー。それだけでなく、立派なターンテーブルさえもある。  ここは本当に電車やタクシーをいくつも乗り継がないと辿り着けない、山中(さんちゅう)の古民家なのか。俄かには信じ難い光景だ。 「どうぞお掛けください」  雅朗は呆気にとられるふたりに、目の前のオーディオセットに向いたソファーへの着席を促し、自分はその前に置かれた背凭れのない小さな椅子に腰かける。 「これが、大西さんのコレクション……」  ソファーに腰を下ろしながらも、壁のジャケットや書架を眺め続けている光が呟く。 「はい。母が(のこ)したものを、今は私が管理しています。母の血を継いでいるのか、私も無類のロック好きでして。  こんな場所で農業をしながらなので、買い物は月に一度ほど訪れる高松にある店か、特定の通販サイトで信用できるお店だけにしています」  そのに『本町ストア』は選ばれている。誇らしい限りだ。
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