Case 7-1:Please Please Me

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 早速、と光が用件を切り出そうと息を吸ったところに、部屋への障子が開く。  雅朗の妻ではなく二十歳(はたち)そこそこ── もしかしたら十代かも知れない容姿の女の子が、コーヒーが入ったカップを乗せた盆を持って現れる。  雅朗の娘であろうか。 「こんな山中(さんちゅう)ですからね。ちょっと理由(わけ)があって、遠縁の者からお預かりしているお嬢さんなんです」  娘ではなかったのか。それにしても雅朗のこの、お茶の濁し様。何か他人(ひと)に言えない事情でもあるのだろうか。 「いい香りですね、頂戴します」  光が笑顔を作ってそう言うと、彼女も笑顔を向けて下がって行く。 「早速ですがご主人。本町ストアに売りたいと仰っていたレコードの件なのですが」  それまで少女が去って行った障子を見ていた雅朗が、慌てて「はい」と頷いてから立ち上がり、LPレコードが収められている什器から1枚のレコードを取り出す。  綺麗な透明のビニールで包まれたそのジャケットは、見慣れた写真であった。  角ばった螺旋状の階段からカメラマンを見下ろすように身を乗り出す4人の顔── イギリスのロックバンドのデビューアルバムだ。 「確か、イギリスで新品としてご購入されたもの…… と伺っていますが」  雅朗が光に、そのレコードを差し出すので。光はデイバッグの中から白い手袋を取り出すと両手に着けながら続ける。 「拝見しても、よろしいですか?」  雅朗はそのつもりで差し出したのであろう。光に向けたその腕を、さらに光に近付ける。光は手袋を着けたその手でレコードを受け取り、ビニールから取り出す。  光はひととおりジャケットを眺めた後、慣れた手付きで歌詞カードを取り出し一様に目を向ける。  確かに。それは発売当初にイギリスで売られていた、UK版と言われる代物である。  今度は慎重に。薄く起毛した不織布で覆われた皿を取り出す。そして中央のクレジットや盤面の傷の有無などを見て行く。 「お聴きになりますか?」  と、雅朗が言うので。光は頷いてから皿を雅朗に渡す。
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