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「ジョーンズとピケ、あんたたちはクビよ。なんで殺しちゃったわけ? 偽物のベルパールがどこからきたのか、わからないままじゃない。捕まえて問い正せば、バナームとの交渉材料だって引き出せたかもしれない。今から屋敷に戻りなさい。荷物をまとめて、ベガ王国へ帰って」   エレナはなるべく冷静に怒った。チャールズの指示でウィステリアまで来た二人なのだから、これが最大限の配慮だった。ジョーンズとピケはどうして怒られているのか、ましてやクビになる理由も見当がつかない様子である。加えて、真剣なときにもヘラヘラしてしまうのが彼らの悪い癖だった。   「へへへ、エレナ様、そりゃ殺しちまって悪かったよ……。でもクビは勘弁してくんねえですか。チャールズ王子に合わす顔がないですぜ……」 「そう? 私に歯向かうの? いいわ、じゃあこの場で殺してあげるわ。チャールズ王子には私から説明しておくから」   エレナは剣を抜き、彼らの髪の毛の端を切った。目にも止まらぬ剣速に、彼らは何が起きたのかわからなかった。命を一度失ったような感覚をもったことだけは確かだった。 ジョーンズとピケは「ひ、ひぃぃぃぃ!」と動物のような声をあげ、逃げるように屋敷の方角へ去った。 エレナは溜息を吐きながら剣をおさめた。遺体を埋めたソラがエレナのそばに来た。 「邪魔者もいなくなったわね。せいせいしたわ。……ソラ、ありがとう。祈りを捧げてから、お父様のところへ参りましょう。なにか手がかりになるような物はあった?」 「いえ、やはりあのリーダー格の男しか重要な物は持っていないようですね。取り逃がしてしまい申し訳ございません」 「いいのよ、半分は見逃したようなもんだから。……ああ、でもどうせだったら斬っておけばよかったかしら。弓を持ってきておけば! むしゃくしゃしてきた」 「本日はエレナ様も屋敷へお戻りになったほうがよろしいかと。私が送り届けますので、その後私ひとりでご主人様のところへ向かいます」 「気遣いはいらないわ。一刻でも早くお父様に偽物のベルパールを見せて、対策を練らなくちゃ。そもそもお父様は知っていらっしゃるのかしら。どう思う?」 「もしかしたら何かご存知かもしれませんね。少なくとも私は初めて見ました。ゆゆしき事態です。偽物のベルパールが出回ることになれば、サウスブルクどころかウィステリアまで共倒れしかねません。今ウィステリアはベルパールの輸出によって外貨の大半を獲得しているからです」 「海産物だってかなり輸出してたと思うけど?」 「いえ、海産物事業はうまくいかなくなっています。それこそ、バナーム王国が海沿いの地を開拓して、海の支配圏を徐々に拡大しているらしいのです」 「バナームが外国へ安く輸出してるの?」 「おっしゃるとおりです。彼らの国の物価はとてつもなく安いので成り立ちます」 「そっか……もうバナームは無視できる国家ではないのね。教えてくれてありがとう……」 エレナは腰元から鞘ごと剣を外し、ソラが遺体を埋めた場所まで行くと、片膝をついた。そして剣を地に置き、祈るようにして目を瞑った。 「久しぶりに、死の剣舞を舞うわ。あんたは何もしなくていいから、死者の冥福をただ願いなさい」   エレナは目を開き、鞘を両手で捧げるように持った。そしてゆらりと立ち上がり、死の剣舞を始めた。 めったに見る機会のない剣舞に、ソラは目を奪われた。鎮魂を意味する剣舞の動きの美しさと、地下に埋まっている斬殺死体の悲惨さとが、ソラの心をかき乱した。剣舞であるにもかかわらず、剣を抜かない。鞘におさめたまま、地に伏したかと思うと立ち上がり、鞘は円を描いた。その円はまるで、生き物の輪廻転生そのものであるかのように、淡い光を帯びているように見えた。ソラはこの不審な男たちの死に、何の感情も抱いていなかったが、不思議と胸の奥から込み上げてくる切なさを感じた。   (もし俺が死んだときに、この剣舞をエレナ様が舞ってくれるなら……) ソラは、この先どんな困難が待ち受けていようと、エレナに尽くし、エレナのために散ろうと思った。もし死が迫るその刻、エレナが「言い残すことはあるか?」と問うならば、彼はためらうことなく「死の剣舞を舞ってください」と乞うだろう。使用人である立場からすれば、おこがましいのかもしれない。だがもしエレナが彼を想い、死の剣舞を舞ってくれるなら、それ以上の幸福はないと彼は感じた。そして、地中にあっても死の剣舞を仰げるのなら、彼女のために何度でも光の中へ蘇ろうと、心から誓ったのだった。
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