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 ユウくんがペンケースになりたい理由を理解しようとしたけれど、ちゃんと理解できないまま、「また明日ね」って手を振った。  ユウくんは手を振りながら笑ってくれたから、たぶんもう大丈夫。朝は変な感じになっちゃったけど、明日からはまた、いつも通りが続いていくはずだ。  私はお兄ちゃんの本棚を勝手にこっそり見た。でも、そこに『星の王子さま』はなかった。お母さんが持ってる? いやいや、そんなことはないと思う。だって、お母さんは最近、『更年期障害』って書かれた雑誌ばっかり読んでるもん。本や絵本は読まないもん。  学校の図書室に置いてあるかなぁ。帰る前に見てくればよかった。今すぐ読みたいな。お小遣い、使えば買えるかな。いくらするんだろう。街の図書館に行って、借りてくればいいかなぁ。ううん、図書館はすごく遠いや。お母さんに頼んで車を出してもらわないといけないくらい。 「ねぇ、お母さん。お母さんは、『星の王子さま』って読んだことある?」 「んー? 名前は聞いたことがあるけれど、読んだことはないなぁ」 「お兄ちゃんは読んだことあるかなぁ」 「んー、どうだろう。でもまぁ、本を読むような賢い子じゃないから、読んでないでしょ」  お兄ちゃんに告げ口しちゃおうかな。お母さんがちょっとバカにしてたよって言っちゃおうかな。 「……で、どうして急に?」  お母さんに聞かれて、 「ユウくんが、読んだって言ってて」  だんだんと歯切れが悪くなる私の言葉を聞いて、お母さんはニヤッと笑った。 「ははぁん。なるほど、恋か」  なんだか、胸がチクっとした。  ついさっき膨らんだ、お兄ちゃんに告げ口をしようかという小悪魔な考えを振り払う。相手が幸せにならないと分かっていることなんて、言わないほうがいいもん。 「興味が、湧いただけだよ」 「本当に?」 「もう、うるさいなぁ!」 「うるさいなぁとは何よ! 親身になって話を聞いてあげてるっていうのに!」  親身っていうか、親権乱用っていうか。  たぶん、親身の使い方、ちょっと違うよ、お母さん。  ……なんて、言わないけどさ。  ぷんぷん怒りながら晩ご飯を食べたお母さんは、湯船に深い青色になる入浴剤をざらざら入れた。よくあることだ。イライラした時は入浴剤って決まってる。そして、透明じゃないお湯の時は、お母さんのイライラに薪を焚べないように気をつけなければならない。  だいぶ前、お母さんがイライラしてたりしなかったりするのがよく分からなくて、時々怖くて、お父さんに相談した。お母さんには内緒って約束をしたけど、たぶんお父さんはバラしたんだと思う。  その頃から、『お母さんは今、落ち着こうと足掻いています』っていう時に、言葉にしなくてもそれを伝えることのできる手段として、入浴剤ざらざらが始まった。  お兄ちゃんは身体の香りがお花になるのが嫌だってブーブー言ってるけど、「それならシャワーで済ませなさい!」って怒られてからは何も言ってない。
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