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仮面の執事
屋敷の中を早足で進むと、すれ違うメイドが目を逸らしながら頭を下げた。
数日前に雇われたばかりの義足の女だ。
その顔には憐れむような表情が見えるが、構わず手を振って先を急ぐ。
執事という仕事は、いついかなる時も主人の求めに対して迅速に応じねばならない。
主の居室の前に立つと廊下にある姿見で身なりを正す。
早足で進んだために仮面が傾いで、ひどく爛れた傷が白い仮面から覗いている……メイドが目を背けたのはこのせいだろう。
屋敷の主はこの傷を気にするような方ではないが、それでも仮面をなおした。
自分で見ても気味の悪い赤黒い傷は、子供の頃に罹った感染症の痕だ。
早くに治療していれば大した事のないものだったが、気の触れたように怪しげな宗教に嵌っていた母は病院に連れて行かなかった。
父が私を攫って病院に連れて行ったので一命は取り留めたものの後遺症は残り、私の右目は白く濁り視力も弱い。
右半分の顔には醜い痕、身体の一部にも軽い麻痺がある。
しかしその病院での出会いが私に今の人生をくれた。
この屋敷の主であり当時の医院長であった秋吉 義文先生が、私達父子に温情をかけてくださったのだ。
義文さまは身体に欠損のある者や、人と違う者がお好きである。
不自由な中でも懸命に生きる者こそ幸せであるべきと仰って手を差し伸べる、仏のような方だ。
だからこの屋敷で雇われている者もどこかしらが不自由な者ばかりである。
「お前は学問が好きなようだから学びなさい」と大学まで世話をして、執事としての職もくださった。
この顔では就職さえ危うかった私を過分に評価し、給料も弾んでいただいている。
私が主にお仕えして、既に10年近くが過ぎようとしていた。
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