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破られた沈黙と抜けられぬ檻
身支度を整え病院に着替えを届けに行こうという矢先、その連絡は届いた。
先日の手術の経過は今一つ芳しく無かったのだが、先程容態が急変し義文さまが息を引き取ったというのだ。
伴侶を持たなかった主には直系のお身内はいない。
私はすぐさま数少ない親族の方や顧問弁護士に連絡を入れたが、それが済むと後は何も出来ることがなくなってしまった。
案じるべきは己の身の振り方……であるはずなのに、それ以上に天使の処遇が気になって仕方ない。
主は秋吉メディカルセンターの元医院長であり、天下に名だたる八曜製薬の創業一族の一人。
無戸籍の子どもを監禁していたとなればマスコミは黙っていないだろう。
お身内も醜聞は避けたいに違いない。
あの子はどうなるのだろう……いっそ攫ってしまおうか。
しかしその先、戸籍もない子どもをどうしたら良いのか、見当もつかない。
悶々と悩む私の居室の扉がノックされ、扉を開けると使用人達が一同に集まっていた。
「私達は親族の方の沙汰があるまで屋敷で待機するようにと……」
「教えて下さい外山さん。あの温室には何がいるのですか?」
最初に口を開いたのは料理長だ。
彼は毎日コンベアに食事を乗せていたはず……ずっと疑問だったのだろう。
「私は毎日清潔な衣類を用意するよう言われていました」
「わたしは温室の水辺の掃除を」
「俺は月に一度、温室内の植物の手入れと施設の点検をしてました」
「あそこに閉じ込められているのは人間ではないんですか、悠馬さん」
彼らは口々に疑問を示す。
ああ、静寂の檻は破られたのだ。
皆心の中ではずっと疑問に思っていて、それでも保身のために口を噤み続けた。
もしかしたら犯罪に関わっているのかも、我々の主は人の道を踏み外し誰かを監禁しているのかも……そう思いながらも歪な静けさの中で口を閉じていたが、主なき今その口に戸を立てる必要はなくなったと思ったのだろう。
「……まだ言えない……許してほしい」
どれ程言ってしまいたかったか……しかし現実を知ったことで彼らや天使がどうなるかわからない。
知ってしまえば彼らも監禁の共犯になるのではないか。
私はまだ静寂の檻から抜け出せずにいた。
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