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天使の卵
数日後、義文さまの遠縁の秋吉 蘇芳という女性が弁護士と共に現れた。
「義文さまの遺言状によると自分の遺産の中から葬儀費用などの必要経費一切を除いた、屋敷を含む全てを外山悠馬さん、あなたに譲渡したいそうです。ただしあの温室の少女をあなたが養育することが条件となります。義文さまの意向ではこのままの状態でとありましたが、それは不可能と判断いたしましたのであなたの娘として養育していただきたい。戸籍などの手続きは隠密理にこちらで手配致します」
弁護士の言葉を悩むことなく引き受けようとした私に、蘇芳女史は静かに口を開いた。
「子どもを引き受けずとも、あなたには相応の退職金と口止め料を含む謝礼を支払う。あの子のことも決して悪いようにはしない。まだ11歳の子どもだ。これから難しくなる上に、彼女の育った環境は特殊。教育を受けさせるにしろかなりの苦労をすることだろう。勿論私としても最大限協力はするが、生活全般となると独身男性の手には余るかも知れない。あなたには愛情をもって娘として育てる事が出来るのか?」
彼女は女性にしては随分とざっくりとした喋り方ではあったが、そこには配慮が溢れている。
金目当ての簡単な気持ちで引き受けるな、受けるなら必ずあの子を幸せにしろと伝えつつ、私にも無理して引き受けずとも生活を保証する程度の金銭を用意すると言ってくれているのだ。
「私には人に見せるのが憚られる程の醜い傷があり、家族を持つことは諦めております。しかしあの子はこれを恐れることなく、案じてくれました。あの子が望んでくれるならばあの子の父親になりたい」
「それだけで今後10年、いやそれ以上の月日を捧げる事が出来ると?」
彼女の鋭い眼光を真っ向から受け、私は小さく笑った。
「それだけ……そう思うのも当然ですね。けれど私にとっては大きな事。この傷のせいで随分と苦労しましたから。あの子はまだ何も知らない、だからこれに怯えなかったのでしょう。この先あの子が世界を知って、それでもこの傷を案じてくれるような大人に育ったなら、私は真の意味で天使を生み出すことが出来る気がするのです」
「あなたにとっての天使の卵……なのか。良いだろう、後はあの子に決めてもらおう」
彼女はふっと笑って席を立つと、温室へ案内するように私に言った。
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