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鳥籠の天使
義文さまはワゴンを押して付いてくるようにと私に仰った。
そこには普段召し上がっているフルーツの盛り合わせなどの間食が乗っている。
毎日メイドがお部屋に運んでいるものだ。
「お前は大変な忠義者だよ、悠馬。だからこそ頼みがある」
「何なりと」
屋敷の中を進む主の背を見ながら応える。
まだ少年だった時に見た白衣の背中はあんなにも大きく感じたというのに、随分と小さくなられた。
きびきびとした歩みも緩やかになり、すぐに乱れる呼吸も過ぎた年月を感じさせる。
もうすぐ80歳になろうというのだから当たり前なのだろうが、どうにもやるせない。
「来週、儂が入院するのは知っておるな」
「勿論です」
お年を召して心臓を悪くなさった主はこれまで在宅での治療を行っていたが、大きな手術を受けるために検査を含めて長期間の入院をすることが決まっている。
主は扉の前で立ち止まり、私を振り返った。
「悠馬、これから見るものの事は他言無用。そしてここに一歩入ったら一言も発してはならん。黙って儂のすることを見て、憶えなさい」
「はい」
その扉は屋敷の別棟にある温室に続く通路だ。
敷地の南東にある温室は主のお気に入りで、少なくとも日に一度はお籠りになる。
しかし誰も近付いてはならぬ決まりになっており、普段この通路には鍵が掛かっていた。
毒草を育てているので入ってはならないとされているが、表から庭伝いに温室を覗けないように扉を設けていることは妙だ。
使用人の間では温室で珍しい生き物を飼っているのではないかとまことしやかに噂されていた。
このワゴンの上の食品は、その生物に与えるのだろうか。
そうならば肉食の獣ではないのだろう。
私は主が鍵を開けるのを眺めながら、好奇心が高まるのを感じていた。
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