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主の部屋に下がると、私は胸の底に湧いたもやもやとした気持ちを見せぬよう気遣いながら、口を開いた。
「あれは……何ですか」
指先に思い出すぬるりとした温度。
珍しくはあるが、人間の少女だ。
年頃から言えば義務教育を受けさせるべき子どもではないか。
少なくとも愛玩動物のように閉じ込めるべきものではない。
「あれは天使だよ」
「は?」
あまりにも荒唐無稽な答えに、思わず声が出た。
「今から12年程前、まだ私が病院長をしていた時分だ。一人の妊婦が傷だらけで運び込まれた。容態が落ち着いてから身寄りを尋ねたが、どうやら気が触れているようでな。訳の分からぬことばかり言うのだ」
ふぅとため息を落として、義文さまはソファに腰を下ろす。
私は室内に予め用意してあった電気ポットを使って、紅茶を淹れた。
「自分には家はない、身内もいない。ならば腹の子の父親はどうだと尋ねたら、天使だから勝手に出来たと言う。美しい娘だったので、恐らく何かの犯罪の犠牲にでもなり孕まされ、気が触れたのだろうと思ったが……産まれた子があれだ。母親は黒髪黒目の日本人。色素欠乏症であれば髪は白いが瞳は赤い。あの色彩はあり得まい」
「身元はわからなかったのですか?」
義文さまは紅茶を一口啜り、深く頷く。
「警察にも捜索願が出ておらず結局わからず終いのまま、出産に耐えきれず亡くなった。私はあの子をひと目見て、天使だと確信した」
人の子とは思えぬ色彩を持っているのは確かだが、よもや天使とは……そんな馬鹿な事が有るはずがない。
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