第3章 君はまだミズナキを知らない

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第3章 君はまだミズナキを知らない

「えー、と。…お二人は。双子でいらっしゃるんですか?もしかして」 「うん。そう」 わたしの隣であっけらかんと答える夜祭凪氏。本人はゆったりと後部座席の広い背もたれに背中を預けてリラックスしてる様子だけど。 こっちは初対面の大人の男性と並んで座るこの距離感が慣れなくて、どうにも落ち着かないことこの上ない。てか、どうして。…こういう座席配分になるんだろう? どういうわけかあの会話のあと、凪さんは一旦車を降りて助手席のドアを開いたまま押さえてそこに乗り込むよう促した。わたしじゃなく、はっきりと岩並くんの方に向けて。 女の子が助手席じゃないんだ。まあわたしなんか、大人の彼ら(すごく若々しく見えるけど子どもっぽさはないから、多分成人男性で間違いない。このくらいの年代の人が身近にいないからよくわからないけど。…おそらく大学卒業してるかしてないか。二十代前半くらい?)から見たら。一人前の女性のうちには入るわけないから、レディファーストとか関係ないっちゃ関係ないよな。 だけど岩並くんも内心で何で自分が助手席?とクエッションマークを飛ばしまくってるのが、促されて乗り込むときの表情に浮かんで見て取れた。この四人の面子で車に乗るとして。え、助手席が自分?とは、まあ。岩並くんの立場ならそりゃ、思うよね。 彼が大人しく乗り込んだあと前のドアを外から閉め、凪さんは今度は後ろの扉を開けて恭しい仕草でわたしを招いた。…ああ。運転席の後ろに乗りなさいってか。 「どうぞ、柚季さん。…足許に気をつけて」 高校生で彼らから見たらほんのガキだから。なんて理由で侮ってるわけじゃなさそうだ。 丁寧にエスコートされて奥へと促され、深く考える間もなく素直に乗り込む。最後に彼は自分の身体をわたしの隣に押し込んでドアを閉めた。ほぼ同時に音もなくすいと走り出す車。ハイブリッドか、電気自動車か。ほとんどエンジンの音は響かない。 走り出した背後から迫ってくる轟音に振り向くと、そこに山のような車体が既に間近に迫っていた。間一髪、ちょうど今になって予定通りに村行きのバスが到着したようだ。 滑らかに走り出した車は順調に、山の坂道を登っていく。裾野の方はちらほらとまだ道沿いに人家が点在しているが、頂上に近くなると両傍はもう延々と木立だけ。山の天辺を越えて一旦降り、再び坂を上がってしばらく進んだその先が水鳴村だ。 「お父さんとは何度かお話しさせて頂いてるよ。優しそうで、温厚な方だよね?」 「あ。…はい。ありがとうございます」 口を開いたのは運転してる方。弟さんは何ていう名前だったっけ。…兄の方がヨマツリナギで弟は、そう。確かレンだ。 二人して見た目だけじゃなくて名前も何となく今どきの漫画っぽい。 いや一般にわたしたちの同年代の子たちもまあまあみんなそんな感じだけど。夜祭、っていうこれまで聞いたこともない珍しい苗字の方はともかくとして。 それにしても、父のことをなるべくよく表現してくれようって気持ちは伝わってくるが。何となく有能だとか頭が切れるとかではなく、いいところを探すとやっぱりまず性格の良さしかぱっとは出てこない。ってのがなんか、ちゃんと実際に本人を見て知ってる感があって。ありがたいような悲しいような。 と実の父親に対してつい心の中で何とも微妙な判断を下したところで、そう言えば村に来たごく最初の頃に、父の口からこの人たちの話を既に聞かされていたんだっけ。という事実に改めて気づいた。 あれはどういう話の流れだったか。…そう、綺羅が初めて村の当主のことをわたしに教えたのがきっかけだったように思う。 谷を挟んだ中腹の樹々の中に隠れるように埋もれた広大なお屋敷。あそこが夜祭さんのお宅だよ、と何故か自慢げに示されて、交番の駐在である父なら地元の住民の情報にも詳しいはず。と考えてその一家についてそれとなく尋ねてみたんだった。 つまり、最初に彼らに関心を持ったのは実はわたしの方からだったんだった。 その結果当主がよそから来た新しい血を家系に取り込もうと求めてる可能性について、綺羅だけじゃなく父親にも匂わされて。高校一年のわたしに対して当主は二十ニ、三歳だとかいう話だったから(つまり、彼らが大学新卒程度。って見たさっきのわたしの見積もりは間違ってなかった。すごい)いくら何でも嫁候補に上がるには年齢が離れ過ぎてるんじゃないの?って結論になった記憶。 どのみちわたしに関心を持った様子だったからそのうち声がかかってお宅に招かれるんじゃないの、と綺羅にも父にも言われてたのに。結局それっきり先方からも何の音沙汰もないままなのでわたしの方も彼らの存在についてすらすっかり忘れてしまってた。 …ていうか。 「すみません、わたし何も知らなくて。夜祭さんのお宅の現ご当主でいらっしゃるのって。その、お二人がそうなんでしょうか。それとも。凪さんと漣さんのお父様の話?」  いくら何でも若いよな。と思って世間知らずの小娘であるのをいいことに遠慮なくずばり尋ねてみる。彼らは細かいことは気にしないたちらしく、明るい声であっさり快活に答えた。
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