第3章 君はまだミズナキを知らない

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「そうだよ。俺たちが現当主」 運転席の漣さんが背中越しに答えてくれる。わたしの隣で凪さんがすかさずさらに補足した。 「父は○×市の方に住んでてね。そっちで事業をやってるよ。村の当主の仕事は既に引退して僕たちに任せて、好きなようにやってるんだ。二十歳になったときに引き継いだから。…もう三年になるかな」 なるほど。 こんなに若いのに、もう先代は亡くなったのかと思ったから。村のことは息子たちに任せて、都市部に出て別のことをしてるって言われればそれはそれで。まあ、納得。 「大変ですね。そんなにお若くして責任のある立場」 凪さんは長い脚を持て余すように高く組んで、こともなげに軽く返してきた。 「うーん。まあでも、小さい頃から叩き込まれてきて。やらなきゃいけないことはしっかり全部頭に入ってるからね。うちは代々、跡継ぎが二十歳になったら世代交替するって決まってるんだよ。だから親の代もそうだったわけで。逆に言えば、自分たちも早くに引退して以後は好きなことやれるって約束されてるし。まあ、良し悪しだね」 「そうなんですか」 出た、村落に伝わる謎の奇習。二十歳で代替わりってめちゃくちゃ早いぞ。昔だと子ども作るのも早そうだし、引退後の余生が長そうだ。 けど、自分たちも親と同じに早くお役御免になって自由になれるから。と当たり前みたいに断言してるのはちょっと気になった。 よくは知らないけど。うちの父や綺羅が言ってた感じからすると、この人たち多分まだ独身だよね? 結婚すらしてないのに、必ず跡を継いでくれる子どもがこの先生まれるに決まってる。って微塵も疑う様子もないのは何故なんだろう。とどうでもいいことかもしれないが。わたしはそんな小さなことに微妙な違和感を感じた。 なるべく早く今から結婚相手を見つけて。まあそれは、この容姿な上に村では有力者で資産もあって、いくらでも候補者は押し寄せるからより取り見取りなんだろうけど。それにしても、そのあといくら頑張ったとしても絶対早々におめでたになるとは。何の保証もないのに。 奥さんになる女性か、本人たちが不妊体質な可能性だってゼロとは言えないし。結婚後十年二十年経ってやっと子どもが出来たりしたら、夢の引退だってだいぶ先延ばしになるよね。…なんて、つらつらと考えてたところで。不意にひとつの些細な疑問が意識の端っこに引っかかった。 「ご当主の立場に当たるのは。お兄さんの凪さんの方なんですか?」 普通に考えたら長男が当主を継ぐよな。と思ったけど、何と言っても謎奇習のある村のことだし。末子相続の伝統とか、あっても全然おかしくない。 いや、単に二人のさっきからの口振りが。どちらも双方自分ごととして当主の任期の話をしてるように感じたから。 まあ、双子ならどのみち普段から一緒に協力して仕事を分担し合ってるんだろうが。それにしても最終的な責任はどっちにあるとか決まってるのかなとか。 いやそれ以上に。次代の跡継ぎはどちらの子が優先とかありそうなものだけど。何となく、片方の荷が重そうとか軽そうとかなくて、どちらも平等に責務を負ってるように話してるよな、さっきからこの人たち。 お互いをナチュラルに自身と同一視して振る舞うっていう、双子ならではの癖というか。特性から来てるのか? ハンドルを軽やかに操りながら、運転席から弟の漣さんが返してきた答えはわたしの予想を一段ほど越えていた。 「うん、うちはね。二人で共同当主制なんだよ。どっちも責任もやることも同じ。そう決まってるんだ、ずっと前から」 「はぁ」 なるほど。 よくわからないなりに曖昧に相槌を打っておいた。ずっと前から決まってるって、つまり双子が跡取りとして生まれた時点で。成長したのちトラブルにならないよう事前に取り決めておいたのかな? だけど、かえってそれで揉めることだって全然あり得たと思うが。見た感じ二人はよほど気が合ってるようだから。それぞれこうしたいって考える方向が合わないとか意見が食い違うってことが今のところないのかもしれない。だったらそれで結局上手くいってるわけで、特に問題はないのか。 それでも二人がそれぞれ結婚して子どもが生まれたとき、どっちの子が家を相続する権利を持つのかとかは将来問題になりそう。まあ、そこまでわたしが心配する筋合いでもないし。そうなったらそのときは当人たち同士の間で何とか折り合っていくんでしょうとしか…。 「柚季さんは誉と仲良くしてくれてるんだってね。いろんなところから話聞くよ、最近」 「は。…あ、はい。仲良くさせて頂いてます」 不意に話題が変わってちょっと警戒する。 凪さんの今の台詞のニュアンスから察するに、岩並くん本人の口から直に話を聞いてるというより。普段からわたしたちを見ている学校の友達や近所の大人たちの方から噂が伝わってきてる、って感じだ。 どういう意図でそんなことを村の当主にわざわざ報告するのかわからないが、とつい用心で肩を強張らせたところでふと思い当たる。…そういえば。
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