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伊織は黙ったまま、顔を両手で覆い息を大きく吐く。
「そういえば、陽向には伊織から連絡した? 戸森と連絡がつかないってこと」
「したんだけど、既読にならなくて。でも、よく考えたら、あいつも今、会社のことで忙しいんじゃないか。ネットにあげられてる件の対応とか、色々」
と、同時に廊下からこちらへ向かってくる足音が。扉を開けて顔を見せたのは灯だった。
「陽向さんは、今週シンガポールへ出張ですよ」
一瞬しゃがんで、足元にすり寄るアンの頭を撫で、挨拶をしてからキッチンの方へ入ってくる。私たちよりも、陽向と連絡を取っているのが灯だということが、どこか腑に落ちなかったけれど、別に口を出す話でもない。付き合っているというのだから当然だろう。陽向が灯と杏奈を重ねて、灯に惹かれるのはわかる。
伊織は冷静だった。
「灯さんは、陽向とよく連絡取り合ってるんですね。陽向から、戸森の話とか聞いてませんか?」
伊織の質問に麦茶を透明のグラスに注ぎながら、灯はゆっくりと答える。
「……いえ、戸森さんのことは特には」
「そうですか。ありがとうございます」
「そういえば、今青子さんとすれ違ったのですが、何かありましたか?」
伊織と顔を見合わせてから、私は取り繕うように言う。
「ううん、大丈夫。あ、伊織ももう帰るし、駅まで送ってく」
私は伊織を無理やり立たせるようにして、玄関へと向かった。
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