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 「昨日、父さんが永久睡眠についてさ、今は庭に設置しているのだけど。持ち上げるととても軽いんだよ。アキは知っていた?珪化した人間がこんなに軽くこと。」  私は一つ年下のアキと時々、一緒に学校から帰宅することがあり、そんな時は長い寄り道をしながら、川下にある学校からそれぞれの家まで遠くの山を目指して川沿いの道を上っていく。やらなければならないことは少なく、余剰した時間はたんまりとある。私の家とアキの家は決して近くというわけではなかったが、その長い道のりの途中までは同じ経路を通る。 「私は眠りについた人を持ち上げたことはないよ。お父さんの時もお母さんと近所の人が運んでくれたから、私は見ていただけ。その時はまだ小学生だったし。」 「そうか。僕の家の周りには近所に人が住んでいないし、母と弟と三人で父さんを設置したんだ。」 この町の人口は年々徐々に減っているが、ここ数年で急激に珪化する人が増えてきたような気もする。もちろん学生の数も少ない。なぜ学ぶのか、なぜ仕事をするのか、私達はその理由を考えたこともない。 川沿いから小高い山の方を眺めていると遠くの高台に数人の光り輝く珪化人が各々様々なポーズを取り、立っていたり、座っていたりするのが見える。いつも見ている景色だが、このところその人数が明らかに増えた。昨日は立っていなかった珪化人が素知らぬ顔をして手を口元に充てた奇妙なポーズを取っている。 「実は私も足とか手の末端が固くなってきてさ。たぶん睡眠珪化症なんだろうな。同級生にも数人、発症してる子もいるんだよ。」 「それは知らなかった。」  そう言って私は驚いたふりをしたが、かく言う私も笑ったり、しかめっ面をするときに顔が固くなっているような気がするのだ。 「まあ、皆この症状を避けることはできないから。皆一緒だよ。でもなんでこんな症状が発生するのだろうね。僕達が生まれる前から症状としてあったみたいだし、両親が生まれたときからあるようだしね。なんでこんな症状が発症するのだろうね。」 「それは皆よくわかってないみたいよ。私が最近思っているのは、学校にいる時間が短くなってたり、会社で働く時間が減っているのではないかということ。仕事をしたり、勉強する必要性が薄れてきたから皆寝るのではないだろうか。なんとなくそんな気がすんだ。眠くなったから勉強しなくなったのかもしれないけど。鶏が先か卵が先かという問題だよね。わからんけど。」 「ほう。アキさんもいろいろ考えておりますなあ。」  アキがそんなことを考えていることに私は本心から驚くとともに、その理論に一抹の正しさを感じた。人類の生産活動が不要になってきたから、人類の睡眠時間が伸びて、最後には皆眠ってしまう、そんな話は理にかなっていると思う。 「私は真面目に話しているのよ。」 「真面目に話すと今日初めて聞いたその説は正しい気がする。証拠もなにもないが。直観的にとしか言いようがないけれど。人間は仕事がなくなり寝る時間が増えた。何かやろうと意思を持っている人は粘ってなかなか眠らないだろうが、普通やることがなくなれば人間は寝る生き物だろう。つまり、単に生産活動度が低下した特定の人間の睡眠時間が増えたということか。」 「私もそう思うんだ。睡眠時間が増えていくことは納得がいくんだけれど、そのことと人間の珪化現象に関係があるのかな。そこがわからなくてさ。」 「それは僕にもわかるはずがない。」  なぜ体組織の珪化が起きるのか、そして珪化した人間はなぜ眠りにつくのか、その因果関係について現在は判明していないとテレビでは報道されているし、皆そのことを不思議には思っていない。 「ところで、なんで皆こんな状況に対して悲観せずに日々を過ごしているのだろう。同級生達も先生もそれにお母さんも。先輩もなんかのんびり構えているし。それが一番納得いかないよ。」  アキはそう言って口先をとがらせた。  のんびりと歩いていた川沿いの道もいつの間にか山道に変わっている。数分前に通ったところに昨日はいなかった新たな珪化人の像が立っている。鍬を持ってそれを地面に向かってふるっている様は少し滑稽だったが、おそらくそれがこの人の要望だったのだろう。数分前に二差路の分岐点でアキとは別れて、私は少し一人で先ほどまでの会話を思い返していた。なぜ、人間が珪化するのか。それにどのように睡眠が関係しているのか。いずれもかつて考えたことがないことだった。そして、それを疑問に思わずに、皆が受け入れているということにアキは疑問を持っている。アキの考えはごもっもなことだと私は思った。
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