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 家につくと、想像していた通り、母も弟も珪化人となっていた。母は正座をして父の横に座っていた。弟もなんだかんだ言いつつ、背を母に預け、座っていた。私は茶が入った小さな湯呑を三人の前に置いて、手を合わせた。やっぱりこんな場面ではその所作が最も適したものであると思った。アキと一緒に帰った道のりで、私は一度アキの家について行った。アキのことが心配でついて行きたかったのだ。アキの母親も珪化人になっていた。アキは母が好きだったというバラの花を枕もとに添えて、私の家までついてきた。  「どうすっかな。」  私はいつものように馬鹿なふりをして、軽い感じでアキに話かけた。何をするでもない。だがなにかをしないとこのまま終わってしまう。そんな気持ちだった。 「一緒にいてもいいかな。いつ眠ってしまうかわからないけど。その時まで。」 「おお。いいよ。一緒にいよう。他に誰も目を覚ましている人もいないし、何でもできるよ。寝る時までは。」  あくまでも私は明るく振る舞うことだけは続けようと、このとき私は心に決めた。 「うちの裏庭の高台まで登ろうか。見晴しがいいぞ。昔一緒に登ったことがあったよな。今日は晴れていたから、星が良く見えるかもな。カップ麵とか、菓子パンとかジュースを持って、行ってみようぜ。ちょっとくらいから気をつけてな。」  アキが小さく頷いたので、私は早速家の中に入り手当たり次第、食卓の上にあった食材をリュックに詰めた。もうとうに零時は過ぎているだろう。食卓の掛け時計を見ると三時だった。全然眠くならないのが不思議だった。アキも眠っておらず、私が貸した弟のリュックに大きな菓子パンやペットボトルのジュースを詰め込んでいる。 「それじゃあ、登るか。」 「うん。」  勝手口側に回り、荒れた草地を登り始める。当たり前だが夜明け前で暗い。私が先頭で登り、すぐ後ろにアキがくっついている。しばらく登るうちに私は昔この道をよく通っていたとを思い出した。 「昔よく通ったな。この山道。」  そうポツリとつぶやいた。  三十分も登っただろうか。東の空が白み始めてきた。遠くに見える線のような細い朝日は昔見たそれ一つも変わることはない。次第に視界が晴れてきて、頂上が見えた。三十分もかからなかった、アキも遅れずについて来ている。 「僕達の暮らしてきた小さな田舎町が見えるぞ。学校も、商店もアキの家も見える。いい場所だな。」 「うん。良く見えるね。」  おそらく人間は皆眠りについている。自宅の布団の中で、古い街道の道の脇で、学校の職員室の机で。自分の愛した場所で、永遠の眠りについているだろう。 横に座っていたアキを見ると、アキの体はキラキラと光り始めていた。ほどなくして、小さなかわいらしい一つの結晶体となった。 私はすでにキラキラと光り始めたアキの横で、まだ完全には消えない意識と視界のなかで、アキが結晶質シリカになる様を目に焼き付けていた。焼き付けたまま私の視野が結晶化すれば、私はずっとアキの寝顔を角膜に焼き付けたまま生き続けるのだろう。そんなことを考えながら私は猛烈な眠気に襲われ、最初にして最後の永遠の眠りについた。  私はアキとどんな夢を見るのだろう。
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