後悔

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 浩平の人生は大学を境に下り坂のようだ。小学校では友達がたくさんでき、平和な日々を送ってきた。中学校では勉強に注力し、その結果、私立高校に進学する事ができた。高校でも多くの友達ができたし、その中で様々な夢もできた。そして、教員になりたいと思い始めてきた。大学では、教員になろうと様々な事に本格的に挑戦した。  だが、浩平は勉強する事はできても教える能力がなかった。そのため、大学の教授たちから頼りにされず、介護実習にも教育実習にも行かせてもらえなかった。その中で浩平は孤立し、就職活動もする気になれなかった。その結果、大学を卒業後は就職浪人になってしまった。  1年後、ようやく就職する事ができたものの、どの会社でもうまくいかず、入退社を繰り返した。職業訓練校に行き、ある程度は知識を得る事ができたものの、やはり入退社を繰り返す。  10年以上かかって、ようやく安定した会社に入れたのはいいものの、低賃金のアルバイトで、そんなに収入が得られない。ゆえに、車は買えないし、旅行にも行けない。生活していくだけで精一杯な状況だった。 「俺の人生、何だったんだろう」  東京の自宅で、浩平は度々振り返る。自分の人生は何だったんだろう。大学の同僚は幸せな家庭を築いているのに、自分は独身だ。独身のままこの人生を終えるんだろう。なんて悲しい人生だろう。できれば、あの時からやり直したい。だけど、もう戻れない。どうしたらいいんだろう。 「あの時、就職活動をしていれば、幸せな生活を送っていたかもしれないのに」  どうして俺はここまで生きてきたんだろう。どうしてこんな無謀な夢を見てしまったんだろう。もっとまともな夢を見ればよかった。 「車が欲しかったな。でも、もう無理だよな」  窓から外を見ると、車が通り過ぎていく。乗っている人々は楽しそうだ。家族やカップルと乗っている人もいる。だけど僕は独身のまま、この寂しい人生を終えるだろう。できれば、結婚して、幸せな家庭を築きたかったな。 「あの頃は教員になりたかったのに」  浩平は大学に入学して間もない頃を思い出した。あの頃は夢であふれていたな。4年後の自分を思い描く事ができた。だけど、それは思い描くだけのもので、実現する事はなかった。本当に教員になった同僚を見ると、うらやましくてしょうがない。 「こうして俺は孤独なままで人生を終えてしまうんだろうな?」  すでに定年を迎え、年金生活だ。もう働く必要はない。自宅で暮らしたり、周辺を散歩したり。とてもつまらない、孤独な日々だ。  その頃、千葉では1人の女性がテレビを見ていた。彼女の名は友梨佳。同じく独身だ。高校を卒業後は、病弱な母の介護ばかりをしていたため、まともな仕事をしていなかった。そのためか、恋とは無縁で、いまだに独身の日々を送ってきた。  今でも思い出すのは、高校時代の初恋の思い出だ。あの頃は夢にあふれていたのに。あの子はどうしているんだろう。好きと言えずに別れてしまった。できる事なら会ってみたいな。だけど、もうこんな年だ。告白できる年齢ではない。 「どうしたんだい?」  寝たきりの母は友梨佳の表情が気になった。何かを考えているようだ。悩んでいる事があったら、話してほしいな。 「私、どうしてこんな生活を送ってきたんだろう」  友梨佳は今までの人生を後悔している。何のために、どうして生きてきたんだろう。恋をして、幸せな家庭を築きたかったのに、母の病気のせいで何もかもできない。周りの人は結婚して、幸せな家庭を築いている。なのに、自分は独身だ。 「しょうがないじゃない。受け止めなさい」  母はそれを受け止めるようにと言っている。だけど、そんなの受け止める事ができない。こんな人生、つまらない。早く死んで、生まれ変わって、幸せな家庭を築けたらいいな。 「それでも・・・」  と、友梨佳はテレビである男が出ているのが気になった。名前を見ると、浩平だ。あの頃の初恋の人だ。まさかこんな所で見かけるとは。  テレビを真剣に見ている友梨佳を見て、母は気になった。この人を知っているんだろうか? 「何この人」 「高校の頃の好きだった浩平くん」  友梨佳は笑みを浮かべた。浩平の事を思い浮かべるだけで笑みがこぼれる。 「ふーん」  友梨佳は思い浮かべた。浩平はあれからどんな人生を送ってきたんだろう。再会して語り合いたいな。 「今、どうしてるのかな?」  母はその話を真剣に聞いていた。友梨佳にもこんな時期があったんだ。ぜひ会って、互いの人生を語ってほしいな。 「気になるの?」 「うん。今頃、どんな生活をしてるんだろうね」  友梨佳は思い浮かべた。幸せな家庭を築けているだろうか? そして、私の事を忘れていないだろうか? 「どうだろう」  そして母は後悔している。自分が病気さえしなければ、友梨佳は幸せな生活を送れてたかもしれないのに。申し訳ない。 「幸せな家庭を築いてるだろうね」 「だったらいいわね。あっ、そうだ。再び会ってみたら、どう?」 「えっ!?」  友梨佳は戸惑った。急に言われても。会ってみようか? どうしようか? 「あの時の事を、語り合ってみたら?」 「うーん・・・」  まだ友梨佳は戸惑っている。でも、徐々にあってみたいと思い始めている。 「会ってみてよ」 「それでも、もう終わった恋なんだから」  友梨佳は思っている。浩平との恋は、もう高校で終わっている。今は心の片隅に置いているだけだ。 「いいじゃないの。会ってみたら?」 「じゃあ、会ってみるね」  友梨佳は決意した。浩平に会ってみよう。そして、互いの人生を語り合いたいな。  翌日、浩平は1人で家にいた。もう何年も誰も訪ねてこない。家の中でテレビを見たり、ネットサーフィンをするぐらいだ。こうしてこのまま孤独に人生を終えていくんだろう。  と、インターホンが鳴った。一体誰だろう。そんなにインターホンが鳴る事はないのに。 「はーい」  浩平はドアを開けた。そこには年老いた女性がいる。誰だろう。浩平は首をかしげた。 「浩平くん?」  女性は笑みを浮かべた。浩平にまた会えてよかった。私の事を知っているかな? 「だ、誰ですか?」 「友梨佳」  浩平は驚いた。約半世紀ぶりに会うとは。もう会えないと思ってたのに。 「ゆ、ゆりちゃん?」 「うん」  浩平は笑みを浮かべた。また会う事ができた喜びでいっぱいだ。 「一緒に語り合いたいなって思って」 「い、いいけど」  浩平は戸惑っている。いきなりだけど、本当にいいんだろうか? しょうもない人生だけど、それでいいんだろうか?  その夜、2人は近くの居酒屋でこれまでの人生を語り合う事にした。2人は熱燗を飲みながらおでんをほおばっている。居酒屋には仕事帰りの人々が何人かいる。彼らは幸せそうだ。自分もこんな風になりたかったな。 「へぇ、あのテレビを見たんだ」  まさか、自分が出演していたドキュメンタリー番組を見ていたとは。それで心配して会いに来たんだろうか? 「まさか、浩平くんがテレビに出てたとは」 「びっくりした?」  浩平は少し照れている。孤独な高齢者を取材したドキュメンタリーだが、これで反応して会いに来てくれる人がいるだけでも嬉しい。 「うん。浩平くん、あれから、どうしてたのかなと思って」 「大学に進んだのはいいけど、落第、就職浪人、入退社の繰り返しだったよ。今でも独身なんだよ。もう結婚なんて、ないだろうなって」  独身だとは聞いていたが、こんなにも波乱の人生を送ってきたとは。自分とは違うけれど、浩平も孤独だったんだな。何とかしたいな。でも、もうこんな年齢だ。もっと若ければ、結婚して幸せな家庭を築けたかもしれないのに。 「ふーん」 「私も辛かったわ。病弱な母の介護ばかりでなかなか恋に恵まれずに」  友梨佳はこんな生活を送ってきたんだ。辛かっただろうな。どうしてこんな人生になってしまったんだろう。 「辛かっただろうな」 「うん」  ふと、浩平はこれまでの人生を振り返った。大学を境に下り坂になってしまい、孤独に年を取ってしまった。 「俺、思うんだ。俺の人生、何だったんだろうなって」 「辛いよね」  友梨佳は浩平の肩を叩いた。その気持ち、よくわかる。これまでの人生、何だったんだろうと自分も思っている。 「母からは受け止めろって言われたけど、そんなの受け止められないよ。幸せな家庭を築いている人々がうらやましいよ」 「わかるわかる。俺もそうだから、その気持ち、わかる」  浩平はいつの間にか泣いていた。お互い様だね。このまま僕らは孤独なまま人生を終わるんだろうな。 「本当?」 「うん」  浩平は教員をあきらめた時の事を思い出した。採用試験で合格した同僚を見ると、うらやましく思う。悔いの残る、辛い大学生活だった。僕は高校で人生が終わってしまったかのようだ。 「あの時、就職活動を頑張ってたら、こんな事にならなかったのに」 「後悔してももう遅いんだね。私もこの人生でいろんな後悔をしてきた。だけど、こうしてまた会えて、嬉しいよ」  浩平は熱燗を飲み干した。そして、少し酔ってきた。友梨佳はその様子を幸せそうに見ている。色々あったけど、今日は飲んでそれを忘れよう。お酒はそのためにあるのだから。 「僕もだよ」 「あの日に戻りたい?」  突然、友梨佳は思った。あの日に戻って、もう一度付き合わないかと聞いた。こんな年齢で付き合おうなんて、言って大丈夫だろうか? 疑問だらけだ。だけど、一応聞いてみよう。 「うん」  浩平は考えた。できればあの頃のように付き合いたいな。そして、残りの人生を共に過ごしたいな。そうすれば、僕らは孤独じゃなくなる。 「じゃあ、戻りましょ?」 「えっ!?」  浩平は少し戸惑った。こんな年齢で、本当にいいんだろうか? だけど、少ない残りの人生だけでも幸せな家庭を築けるのなら、それでいい。 「一緒に暮らすの? 本当にいいの?」 「うん、初恋の人だもん」  浩平は笑みを浮かべた。あの時のように、再び付き合おう。そして、残りの人生を2人で歩もう。1人より、2人で生きる方が楽しいに決まっているじゃないか。
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