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そこからは、しばらく互いに無言のまま、ゆったりと時間が過ぎていった。
──静かだな。
店に、那々以外の来客はない。この空間だけ、外から切り離されたかのような錯覚すら覚える。
そんなことを思いつつ、一希が器具を洗っていると、コーヒーを半分以上飲み終えた那々が、何とはなしに話し始めた。
「こんなにゆったり、コーヒー飲むことだけに時間使うって、久しぶりかも」
「そうなんですか」
「基本的に、コーヒー飲む時って何か作業しながらだから。そもそもカップに注ぐって作業自体、非効率でやらないことが多いし」
「そう、ですか」
カップを使わずに、どうやってコーヒーを飲むのだろう。また一つ疑問が増えた一希だったが、コーヒーを柔らかく見つめる那々を見て、その問いは宙に投げることにした。
「こういう時間が許されるって、良いお店ね」
「ありがとうございます。今は他に誰もいませんし、ゆっくりしていってください──あ、でも、お知り合いと連絡が付かないのは……」
「ああ、それはもう良いの。必要ないって分かったから」
那々は涼しい顔で、一希の心配をサラリと流した。その落ち着いた佇まいからは、彼女が先程、店先でパニックを起こしていたとは到底思えない。
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