1. 一希、自称「荘周の蝶」と語り合う

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 そこからは、しばらく互いに無言のまま、ゆったりと時間が過ぎていった。  ──静かだな。  店に、那々(なな)以外の来客はない。この空間だけ、外から切り離されたかのような錯覚すら覚える。  そんなことを思いつつ、一希(いつき)が器具を洗っていると、コーヒーを半分以上飲み終えた那々が、何とはなしに話し始めた。 「こんなにゆったり、コーヒー飲むことだけに時間使うって、久しぶりかも」 「そうなんですか」 「基本的に、コーヒー飲む時って何か作業しながらだから。そもそもカップに注ぐって作業自体、非効率でやらないことが多いし」 「そう、ですか」  カップを使わずに、どうやってコーヒーを飲むのだろう。また一つ疑問が増えた一希だったが、コーヒーを柔らかく見つめる那々を見て、その問いは宙に投げることにした。 「こういう時間が許されるって、良いお店ね」 「ありがとうございます。今は他に誰もいませんし、ゆっくりしていってください──あ、でも、お知り合いと連絡が付かないのは……」 「ああ、それはもう良いの。必要ないって分かったから」  那々は涼しい顔で、一希の心配をサラリと流した。その落ち着いた(たたず)まいからは、彼女が先程、店先でパニックを起こしていたとは到底思えない。
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