1. 一希、自称「荘周の蝶」と語り合う

4/23
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
 どうも話が噛み合わない。迷子、不審者、記憶喪失──もしや警察案件か? そうでないにしろ、二番目ならお引き取り願う必要がある。  考えを巡らせる一希(いつき)の前で、女性が自身のこめかみの辺りに手をやった。ちょうど、眼鏡のフレームに触ろうとする仕草だ。  彼女自身は、眼鏡をかけていないのに。 「こちら後藤(ごとう) 那々(なな)。フィー、ダイブ先に異常発生。原因は不明。混線している模様で、こちらでのその場修復は不可。空間(バース)からの緊急退出を──」  ここにいない誰かに向かって話し始めた彼女の指が、自身のこめかみに直接触れる。  産まれてこのかた、日焼けとは恐らく完全に無縁だったであろうその白い顔に、衝撃が走った。 「え? え? どういうこと? 私、サングラス型端末(グラスアイ)してない──イヤホンも、端末操作用手袋(メタルグローブ)もないじゃない! 嘘、何で? フィー、応答を──って、これじゃ連絡取れないのか。ああもう、一体何がどうなってるの?!」  急にパニックに陥り、自分の身体のあちこちを触っては騒ぐ客を、呆気に取られて眺めること二秒。  ──良く分からないが、店の出入口で騒がれるのは困る。  そう判断した一希は、大股で女性に近づくと、 「失礼します」  一言断るが早いか、彼女の腕を軽く掴んで店に引き入れた。  ──カラン。  再びドアベルが軽い音を奏で、冬の冷気と外界とを遮断する店の扉が閉まる。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!