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「ぴょ、ぴょ、ぴょん、ぴょんぴょん、ぴょん! ぴょんぴょん!! ぴょん……」 喫茶店で作業をしていると、苺花の方を指差しながら口をパクパクとさせて混乱している制服姿の女の子が目の前に立っていた。 周りのお客さんが苺花のテーブルのほうをじっと見ている。だけど、お客さんが見ているのは苺花ではない。訳のわからないことを呟きながら、錯乱している大人しそうな女子高生のことである。まさかこの訳のわからない言葉が人名を指しているなんて、きっと店内のお客さんにはわからないだろう。 幸い目の前の少女以外に店内で苺花の正体に気づく人はいないけれど、店内で大きな声を出されるとお客さんの迷惑になってしまう。 苺花は口元に人差し指をくっつけて、静かにして、とポーズを取る。 少女がうん、うんと頷く。静かにはなったけど、まだ表情に現実感がなく、混乱している様子だった。 「とりあえず、そこ座って」 2人掛けの席の真正面を指差した。 きちんと顔を見て、やっぱりあの子か、と心の中で納得する。この前のサイン会に来てくれていた子。さっきぴょんぴょん言っていた段階でそんな気はしていた。 苺花はサイン会に来てくれた人全員の顔を覚えているわけではない。けれど、サイン会の会場で苺花と対面した時に、今日と同じように緊張していて、ずっとぴょんぴょん言い続けていた子のことは、その後の苺花自身の失態も含めて強烈に記憶に残っている。 彼女の緊張を緩和させるために手を頭に当てて耳みたいにして、冗談半分で「ぴょんぴょん」と言って兎のマネをしてみた。柄でもないことをしたせいだろうか、その瞬間、手が兎のお面の、人間の耳の位置にある紐に引っかかって紐が切れてしまったのだ。その結果、お面が顔から取れて、ピョンピョンストロベリーは兎山苺花になってしまった。あの時の少女の唖然とした顔は忘れられなかった。 そして今、そのときの少女が目の前で緊張した面持ちで苺花のことを見つめている。
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