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第3話 水族館
ゴールデンウィークが近づくと、ひよりは自分の手帳を和久の目の前に突き出した。
「あたしね、二十日なら大丈夫よ。二十日にしてちょうだい」
悟郎に確認を取ろうと携帯を取り出す和久(わく)の隣で、ひよりは自分の部屋から引っ張ってきた服をソファの上に次々と並べた。
「これ、この間。夏用のワンピを買ったのよねえ。でも、五月といってもまだ肌寒いじゃない。だから、これを着るのはちょっと早過ぎるかな、だからこっちのチュールスカートにしようかしらって。ねえ、ちょっと、和久は何色着てくの。わかんない。わかんないって何よ。ふうん黄色。黄色かあ。じゃああたし黄色にするわ。和久は違う色にしてちょうだい。あんた緑がいいわよ。深緑。暗い色があんたにお似合い。それよりこの間、あたし新色の口紅買ったの。見て。きれいに色が出るのよ。あたし、大抵の口紅は色が沈んじゃうの。不思議よね、何でかしら。分からないわ。あたし、何もつけてないのに綺麗な口紅ですね、って、言われることが多いのよ。何もつけてないのに。何もつけてないのに言ってくるの。不思議よねえ。あたしの唇、変なのかしら。ちょっと! 変じゃないわよ! 綺麗ってことよ! あんたってホントに鈍いわね!」
悟郎にメールを送ってから十五分が経ったが、まだ返事は返って来ない。
時刻が一分一秒と過ぎていく中、和久は気付けば食器棚を背に守るようにして立っていた。
その頃ひよりは両手いっぱいに鞄を抱え、ソファに飛び込んでいた。ブランド名と値段と買った場所に適当に相槌を打ちながら、和久は問い合わせボタンを連打する。いっそ電話で済ませてしまおうと思うが、ひよりの話を断ち切って悟郎と話すなど、そんなことは恐ろしくてできない。
一時間経った。ひよりはポーチからずらずらとコスメを並べている。
三時間経った。漸く悟郎からメールが返って来た。水族館行きは五月二十日で問題ないらしい。和久がそう告げるとひよりは素っ気なくそうとだけ返し、新聞紙を敷いて靴を並べ始めた。
「靴ねえ、靴は前に買って一度も履いてないポインテッドトゥが」
ひよりの靴で四面楚歌になっている内に二十日になった。
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