8人が本棚に入れています
本棚に追加
大きな破片があらかた拾い終わった。次は箒がけで細かい破片を集めて行く。
ガラス専用に使っている箒は電子レンジと冷蔵庫の隙間にある。取り出すのが少々面倒だなと思っていると、ひよりが手渡してくれた。
「ありがとう」
ひよりはかぶりを振った。その後気だるげに和久の鞄を漁り、携帯電話を取り出す。和久の鞄のまわりには細かい破片がたくさん落ちているので和久は反射的に声を荒げた。
「破片があちこちに残ってるから安易に動かないで。第一、傷の手当てもまだでしょう」
「傷なんかいいのよ。生きてるんだからほっときゃ治るわ」
ひよりはそう言いながら、和久の携帯の画像フォルダを漁り始めた。
「……ねえ、どれが悟郎くんなの」
和久は身を乗り出して、ゴム手袋の指で悟郎の画像を指し示した。和久の顔がひよりの顔に近付く。その瞬間、ひよりは自分の唇を和久の頬に押し当てた。
和久は反射的に身を引いて頬を手で守る。
「なにするの」
ひよりは猫のように大きな目を細め、満足げに笑った。
「だって、和久がかわいかったから」
和久は口を閉ざし、眉を顰めた。明らかに不機嫌な顔になってしまった。しかしひよりはそういう和久を見ても機嫌を損ねない。むしろ一気に気分が良くなったようだった。
和久は無表情でひよりから離れた。
「ねえ、何でそんな遠くに行っちゃうわけ。何。また、されると思ってるの。やあね、意識しちゃって。あんた本当はされたいんじゃないの」
「気持ち悪いよ」
和久が言うとひよりは、何でえ、と甘えた声を出した。
こういうときひよりは不思議と機嫌が悪くなったりはしないのである。
「これが悟郎くんねえ、なるほど、こういう顔かあ。目がおっきいね」
ひよりはにこにこ笑いながら、指の腹で何度も和久の彼氏、吾郎を撫でた。
和久はこれから「特別な」ひよりルールが始まることを悟り、観念して静かに瞼を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!