23人が本棚に入れています
本棚に追加
旅立ち
悪夢だ。
久しぶりに家族でご馳走を食べる予定だった。それがどうしてこんなことに。
色鮮やかな服を地味な恰好に着替えさせられ、父に引きずられるようにしてルイスは今、屋敷の門の手前に立たされていた。門の向こうには抗議の声をあげる人が押し寄せていて、一番前に憔悴しきったテオの両親がいた。
母親は箱を抱えていた。
「皆、大変申し訳ない。息子が罪を犯した」
大きな声が響く。
「私は王都で裁判長の任についている。我が子でも手を抜くことはしない。テオ少年を元の姿に戻すため、愚かな息子を北の聖地へ向かわせる」
そして父は杖を取り出す。
「契約書」
群衆からおお、と声があがる。向こうが透けて見えるほど薄い紙が空中に現れた。裁判官は杖の光を走らせ、文章を書く。
「禁じられた魔法を解くため、罪人に償わせる。
罪人は被害者が蝶になる前に、以下の条件を満たすことを命じる。
1、虫が羽化する前に北の聖地へ一人でたどり着く。精霊の助けを借りて魔法を解く。
2、罪人は虫の安全を最優先とする。
3、聖地に着くまで罪人の自死と、魔法の使用を禁ずる。温存した魔力は精霊に捧げる。
罪人は署名をここに」
僕が……罪人?
ルイスは固まった。
「書きなさい」
言われてのろのろと自分の杖を取り出す。手が震えた。
ようやく署名した契約書を、父は杖を二回振って二枚に増やし、一枚は杖に巻き取り、一枚はルイスの杖に巻き付かせた。
契約書はすぐに消えたが、杖を持つ指から、なにかが自分の体に染み込み、縛られる感覚があった。魔法は使えないと、直感的にわかった。
門が開く。裁判官は外へと踏み出し、夫婦の前に出た。
妻はものも言わず涙を流し、首を振る。箱を後ろ手に隠すようにした。夫が疲れ切った顔で、「お渡ししないと」と促す。
裁判官は跪いた。
「重ね重ね申し訳ない。この者にご子息を預けてもらえないだろうか」
そして深深と頭を下げる。群衆からどよめきが上がった。
「テオが、私のかわいいあの子が無事に帰る保証はないのでしょう」
「申し訳ない。他に方法がないのです。
私はご子息を元の姿でお返ししたい」
妻は震える手で箱を裁判官の前に置いた。
それは、虫籠だった。
紐つきの透明な箱の中、青菜の上を昨日の虫が這っていた。
父は虫籠をルイスの首にかけ、門の外へと押しやった。
「行きなさい」
人々が二手に別れ、道を開ける。視線がルイスを突き刺すようだった。
最初のコメントを投稿しよう!