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0ー2 岸辺にて
もう、逃げられない!
そうわたしが思ったとき、背後からオルトの声が聞こえた。
「あぶない!アリシア!」
オルトが叫ぶとほぼ同時にわたしの足元の氷がひび割れてわたしは、湖へと落ちていった。
まるで奈落の底へと引きずり込まれるような感覚だった。
呼吸ができない!
わたしは、必死で死に抗った。
わたしをこの奈落へと誘い込んだ幽霊が笑っているのがわかった。
『シンジャエ!魔女ハ、ミンなシンデシマエ!』
幽霊は、わたしを水底へと引きずり込んだ。
呼吸が、とぎれる。
わたしは、冷たい液体に肺が侵されるのを感じた。
そのとき、誰かの力強い手がわたしの腕を掴んだ。
ああ。
わたしは、薄れていく意識の中で思っていた。
ずっと前にもこんなことがあった。
確か、ずっとずっと、昔。
不意に、何かがわたしの中に流れ込んできた。
それは、かつてわたしが生きた人生の全てだった。
わたしは。
わたしは、自分がこの世界に招かれた『流れ人』だということを知った。
一瞬、水面へと引き上げられた。
オルトがわたしの腕を掴んでいるのがわかった。
でも、その頃まだわたしより背も低くて力も弱かったオルトでは、わたしを捕まえているのが精一杯だ。
このままでは、オルトまで湖に落ちてしまう。
わたしは、オルトの手を振りほどいた。
そして、わたしは、暗い水底へと落ちていった。
次に気がついたとき、わたしは、湖の岸辺に横たえられていた。
全身、びしょびしょで凍っていないことが不思議なぐらい寒かった。
「大丈夫?アリシア!」
目に一杯涙を浮かべたオルトがわたしを見つめていた。
わたしは、凍えて震えが止まらなかったけどオルトを安心させたくってなんとか頷いた。
だって、オルトの方が青ざめて死にそうなぐらい震えていたから。
「これを飲ませてやりな、オルト」
どうやらわたしを助けてくれたのは、きこりのジェイドのようだった。
白髪の大男であるジェイドは、懐から銀色の小さな水筒のようなものを取り出すとそれをオルトに渡し自分は、集めてきたらしい木の枝に魔法で火をつけ焚き火をおこしていた。
オルトは、ぶるぶる震えながらその水筒の蓋をあけると横たえているわたしの口許へと差し出した。
けど。
苦い液体は、すべて口許からこぼれ落ちていく。
オルトは、すっかりパニクっていた。
わたしは、もうろうとする意識の中でオルトを励ましていた。
しっかり、オルト!
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