静寂の檻

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 音無テルミンは、その愛嬌ある歌声やトークの上手さ、画面越しにも伝わる人柄の良さでたちまち人気となり、デビューから一年後にはチャンネル登録者数一万人という、個人勢のブイチューバーとしては快調といえる滑り出しをみせた。    その人気はやがてグッズ販売や企業からのイベントオファーなど、目に見える形として反映されるようになり、彼女は確かな手応えを感じていた。音無テルミンの快進撃はまだまだこれからも続くだろう、誰もがそう信じて疑わなかった。でもそんなある日、一つのトラブルが起こったんだ。  夜の十二時、定例のゲーム配信中に玄関のインターホンが鳴らされた。こんな夜中に誰だろう?彼女が出てみると、それは先日越してきたばかりの隣の部屋の住人だった。 『あのう、夜はもう少し静かにしてもらえませんか。僕、受験生なんで・・・』  ガーン!そういえば輝美はずっと配信のことで頭が一杯で、ご近所への配慮をすっかり忘れていたのだ。このアパートの壁は決して厚くない。毎晩一人で歓声をあげたりアニソンを熱唱したり、さぞかし変な人だと思われていることだろう。そういえば廊下ですれ違う時、自分を見る目が少し変だと思ってた。  どうしよう?今後は声量を抑えてやっていくというのは無理だった。だってその声を売り物にしている仕事なのだから。むしろ配信中は大笑いしたり叫んだり、 オーバーアクションに声を張り上げるくらいでないと話にはならない。  別のアパートに引っ越す?いや、それも無意味だ。 アパートの壁の厚さなんて、どこも似たようなものだろうし、近所にどんな人が住んでいるのかわからないのだ。そこでまた同じトラブルが起きたら?また引っ越すというのか?  いっそのこと実家に戻る?いやいや、それだけは絶対にしたくなかった。堅実な職業をすすめる両親に、私は夢を追うのだと啖呵をきって家を飛び出してきたのは彼女自身だったから。  そんな悩んでいた時に、ある通販サイトの広告が目に入った。 『十人で叫んでも大丈夫!テレワークに!楽器練習に!瞑想に!パーソナル防音室』  値段は決して安くはなかったが、払えない金額でもなかった。その投資で気兼ねなく配信活動に専念できるのならと思い、すぐに輝美は購入を決めたのだった。  その防音室を設置したせいで、彼女の居住空間は大幅に減少してしまった。寝る時にはまずテーブルを壁に立てかけて、クロゼットの上に置いてある布団をよいしょと下ろして、 空いた床に敷いて眠るのだという。たしかに『起きて半畳寝て一畳』という言葉があるけれど、本当に実践する人が身近にいるとは思わなかった。  
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