静寂の檻

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 ピロリン♪スマホの通知音が鳴って、僕は勉強の手を止めた。それは某動画サイトの『音無テルミン』チャンネルで、今から生配信が始まりますという通知だった。時刻は夜の十時だ。 『ハーモニーランドのプリンセス!癒やし妹系ブイチューバーの、音無テルミンで~す!! みんな、来てくれてありがと〜!』  画面の中で、ファンタジーなお城の一室を背景に音無テルミンが現れると、待機していたリスナー達からの挨拶でチャット欄がざあっと流れた。 『それじゃあ出席をとりまーす!○○さん、✕✕さん、△△さん、・・・』  輝美、今日も頑張っているんだな・・・。あの防音室で。いろいろ大変なことがあったけれど、これからも自分が信じた道を真っ直ぐ進んでいってくれよ。  僕は美少女アバターではなく、その奥にいる本当の彼女に語りかけた。 『ねえ、みんな聞いて〜!今日、近くの商店街のクリスマスツリーにもうイルミネーションが灯っててね、ああ一年経つのって本当に早いなって思っちゃった。わたし、去年の今頃はいろんな事があって落ちこんでいたけど、 今年はみんながいるから・・・』  彼女が何か話すたびにリスナーからのコメントが返ってくる。チャット欄は本日も大盛況だ。 『テルミンに出会えて俺達の方こそ幸せ』 『あああ可愛すぎてやばい、マジ天使』  彼女がそのコメントのいくつかを拾って読み上げたり言葉を返したりしながら、雑談配信は進行していく。  画面の中の彼女は、純真で、幼くて、やや儚げで、男なら誰しも守ってあげたいと思うような理想の妹キャラそのものだ。  でも実際は違う。そんな絵に描いたような女の子など何処にもいない。音無テルミンの正体を僕だけが知っている。そこにいるのは、理想の妹を演じることに一生懸命な、ごくごく普通の女の子だ。    
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