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たぬおくん
たぬきのたぬおくんは、メソメソと木の実をかじっていました。
「おなかが空いたから食べるだけ。ちっとも楽しくない」
この森に流れついたのは、たぬおくんひとりきりでした。生まれた森は、きつね軍団との競争に負けて、追われてしまったのです。
にげるとちゅうで、パパにもママにも友だちともはぐれてしまいました。
あんなこと、こんなことがあって……もうそのだれにも会えないことを、たぬおくんは知っています。この森に、仲間もできません。
森のまん中には、灰色のかたい道がとおっています。暗がりだったそこに、ふわっと明かりがさしました。あれは、人間という生き物の乗りものです。サイのようないきおいでせまってきました。
「もうぼくなんか、いてもいなくても」
ふらふらとそこへとび出そうとした、そのときです。
「♪――何が起きたって へっちゃらな顔して
どうにかなるさと おどけてみせるの
こよいは私といっしょにおどりましょ
今も そんなあなたが好きよ わすれないで――♫」
なんてきれいな歌声なのでしょう。透明で、澄みきった、まっすぐな。たぬおくんのむねにすうっとすいこまれ、栄養になっていくようです。
それは、木立で見えなかったすぐそこの、しゃれた洋館からきこえました。そうっとのぞくと、窓から白のパジャマに身をつつんだ女の子の後ろ姿が見えます。
「おやすみなさい」
そう言って窓から見えなくなったその子を、たぬおくんはわすれられなくなりました。
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