たぬおくん

1/6
前へ
/17ページ
次へ

たぬおくん

たぬきのたぬおくんは、メソメソと木の実をかじっていました。 「おなかが空いたから食べるだけ。ちっとも楽しくない」 この森に流れついたのは、たぬおくんひとりきりでした。生まれた森は、きつね軍団との競争に負けて、追われてしまったのです。 にげるとちゅうで、パパにもママにも友だちともはぐれてしまいました。 あんなこと、こんなことがあって……もうそのだれにも会えないことを、たぬおくんは知っています。この森に、仲間もできません。 森のまん中には、灰色のかたい道がとおっています。暗がりだったそこに、ふわっと明かりがさしました。あれは、人間という生き物の乗りものです。サイのようないきおいでせまってきました。 「もうぼくなんか、いてもいなくても」 ふらふらとそこへとび出そうとした、そのときです。 「♪――何が起きたって へっちゃらな顔して どうにかなるさと おどけてみせるの こよいは私といっしょにおどりましょ 今も そんなあなたが好きよ わすれないで――♫」 なんてきれいな歌声なのでしょう。透明で、澄みきった、まっすぐな。たぬおくんのむねにすうっとすいこまれ、栄養になっていくようです。 それは、木立で見えなかったすぐそこの、しゃれた洋館からきこえました。そうっとのぞくと、窓から白のパジャマに身をつつんだ女の子の後ろ姿が見えます。 「おやすみなさい」 そう言って窓から見えなくなったその子を、たぬおくんはわすれられなくなりました。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加