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1.2 サンタ、トナカイ、ソリ
【ラブクラフト財団】(以下、財団と呼称)
世界最大のおもちゃメーカー七天堂の創業者一族・ラヴクラフト家が創設した、子供たちの幸せのために存在する歴史ある慈善団体である。
野生のサンタクロースが絶滅し、子供たちへのクリスマスプレゼント配布事業が危ぶまれたとき、財団は事業を引き継ぐ大英断を行なった。今日では世界中の町に財団が常時雇用した専業サンタクロースと、財団から委託を受けた季節サンタクロースが存在している。
しかし、それはあくまでも財団の表の顔だった。何事も表があれば裏がある。
財団は密かに専業サンタクロースの中から適性のある者を選抜して、過酷な訓練を課していたのだ。
――何故、財団がそんなことをしているのかって?
決まっているじゃないか。粗悪なおもちゃや子供たちを狙う卑劣な犯罪者を駆除するためにだよ。
そう、全ては子供たちの笑顔のために。
* * *
「――お前ら、お遊戯はそこまでだ。仕事が入った」
サンタは焦げ茶の迷彩服の一団に、静かで重たい声をかける。すると、それまでピンボール台に群がり騒がしくしていた彼らの顔が引き締まり、早足でBARの外に消えていった。サンタもそれに続くが、チャーリーのマスターはいつも通りに一瞥してグラス磨きに戻るばかり。
外に出たサンタ一行は路上パーキングに停まっている、まるで装甲車のように厳つい六輪の自動車に早足で近づく。
『お帰りなさい。サンタクロース80』
「待たせたな、ソリ男」
皆が乗り込むと、タイミングを見計らったように機械的な音声が、薄暗い車内に響き渡った。声の主はこの乗り物、自律型重装飛行ユニット[ソリッドトイ甲型]だ。三種類の変形機構と高性能人工知能も備えた、財団自慢の作戦遂行用おもちゃである。
そしてサンタクロース80とは、先程までチャーリーでバーボンを飲んでいたサンタ服の偉丈夫の表のコードネームなのだ。
エイトオーは高性能なこのおもちゃに親しみを込めてソリ男と呼んでいた。
「ブリーフィングを始めるぞ。お前らに今回のオーダーを説明する」
エイトオーが口を開くと、焦げ茶の迷彩服の六人――トナカイフォースは真剣な目を彼に向け、聞き終えるや彼の一番近くにいた男が手を上げた。
「一個目の行方不明等は何か気が付いたら親父に報告、二個目は今夜のうちにカチコミってことでいいですかい?」
「ああ、トナ太郎の言う通りだ」
トナ太郎と呼ばれたのは、顔にエイトオーと同じ傷を持つ若い男。彼を長男としたトナカイフォースの六人は、エイトオーが拾い、更生がてらに訓練を施した元不良少年たちであった。
エイトオーは拾ってきた順番にトナ太郎、トナ次郎、トナ三郎、トナ四郎、トナ五郎、そしてロクと名付け、ときに厳しく、ときに甘々に我が子のように育ててきたのである。ちなみにロクだけトナ六郎としなかったのは、エイトオー曰く「語呂が悪いだろ?」とのことだ。
「ソリ男、クルードトイ社の本社工場の見取り図と周辺の地図を出してくれ」
『了解しました』
みるみるうちに車内右側面がモニターに変わり、紺色の画面に白のワイヤーで描かれた工場の見取り図とその周囲が映し出される。皆がじっと黙って見ていると、把握しやすくするためのソリ男の気遣いか、ゆっくりと右に左にと回転させ、一通りの角度から見終わったところでエイトオーが口を開いた。ブリーフィングのいつもの流れだ。
「トナ次郎、どうやってここに侵入する?」
「そうだな……いつもみたいにソリ男を重装甲モードにして、正面のシャッターをぶち破ればいいんじゃないか?」
「それは駄目だ。被害者への賠償をさせるのに、たとえ一部だとしても破壊してしまえば、賠償できる金額が少なくなっちまう。トナ三郎、トナ四郎、トナ五郎はどうだ?」
エイトオーが話を振るがトナ三郎とトナ四郎は黙って首を横に振るばかり。しかし、トナ五郎には一案があるようで、他の二人とは目つきが違った。
「従業員用のドアを開けて内部に侵入しよう」
「鍵はどうする?」
「アナログなら俺が、電子ならロクが開けられる可能性が高い」
「そうだな。それがいい。ロク、内部に警備ロボットがいるときはどうすればいい?」
最後に意見を聞かれたのはロク。最初から質問を想定していたのかさらりと答える。
「ヴィジョナル壬型を構えて近づいて、スタンガンか光硬化樹脂で無力化すればいい。あの会社の経営状況からいって、高性能なものは配置されてないはずだ」
ヴィジョナル壬型――通称オホシサマとは、財団製の局地戦闘用バリスティック・シールドの事である。特殊な曲面と、表面に無数に施された壬の字の溝、更に財団のおもちゃ開発部がいうところの大天使の奇跡により、ほとんどの銃撃を無効化するという、正しく奇跡の盾である。
「会社の経営状況も判断に加えるとは流石ロクだな。よし、その方法で突入しよう。ソリ男! 早速クルードトイ社の工場に向かってくれ! 全速力だ!」
『了解しました。フライトモード起動。乗員は直ちにシートベルトの着用をお願いします。一秒後に上昇開始、一〇秒後にクルージングに突入します』
応答するが早いか、ソリ男は垂直に浮かび上がりながら車輪を内側に折り畳み、小さな鈴のような動力音をシャンシャンと鳴らして冬の星空へと飛び去った。
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