第1話 バーボン。水割りだ。

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第1話 バーボン。水割りだ。

 人が意図して視界から外す路地裏の闇の中、突然の光とともに男が膝から崩れ落ちた。見れば、心臓付近に1㎝ほどの穴が空いている。見る間に辺りは血の海になり、もの言わぬ男が身を投げた。  (かたわ)らに(たたず)み、冷えた目で見守る男は太いベルトで留められた赤い服に白いファーの上下。頭には服と同じデザインのナイトキャップ。そして、立派なヒゲ。  オイルライターで葉巻に火を点け、ふぅーと紫煙(しえん)を吐くと、ぼそりと呟いた。 「地獄でねんねしな……」 *  カランコロン  時代が(にじ)み出る木の扉を開けると、客の出入りを知らせるカウベルが(つつ)ましく店内に響く。カウンターにいる男が一瞥(いちべつ)するが、すぐに何事もなかったようにグラス磨きに戻った。  店内は扉と同様に年老いた家具で調(ととの)えられ、落ち着いた雰囲気を(かも)し出す。ネオン管で装飾された旧世紀のジュークボックスやピンボール台すらも、落ち着いて見えるから不思議なものだ。 「いつもの」  先ほど入店した赤い服の偉丈夫(いじょうぶ)がカウンター席にドカッと腰かけ、重低音を短く発する。 「畏まりました。お連れの方は?」  そう言ってカウンターの男が赤服の後ろをちらりと見遣ると、そこには揃いの焦げ茶の迷彩服を着た男が6人、ピンボール台に群がっていた。 「放っておけ」 「畏まりました」  ここは仕事を終えた男たちが(いこ)うBARチャーリー。  カウンターの男――チャーリーのマスターはグラスを取り出すと、(あふ)れんばかりに大粒の氷を入れ、底から3分の1ほどまでアーリーのバーボンを注いだ。品よくマドラーでかき混ぜ、今度は水を注ぐと再びマドラーで攪拌(かくはん)させる。 「ごゆっくり」  そうして出来上がった水割り、それとチェイサーを静かに置けば、赤服の偉丈夫(いじょうぶ)は少しずつ口に流し込み、いつものように丁寧に拭かれ、飲み物以外は何も置かれていないカウンターに目を落とす。  偉丈夫(いじょうぶ)が着ているのは赤い生地に白いファーのついた、いわゆるサンタクロースの格好であった。ナイトキャップから漏れる白髪と立派な白ヒゲに実によく似合っているが、サイズが合っていないのだろうか。2mを超える身長のその男の筋肉が、これでもかとバイオレンスかつセクシーに自己主張をしていた。おまけに顔に十字の大きな傷痕(きずあと)とフォックス型の釣り目サングラスである。サンタクロースの恰好をしていても、常人であれば近寄りがたい危険な風体だろう。  その危険な雰囲気のこの男がバーボンを飲み始め、20分ほど経った頃にマスターが声を掛ける。 「お客様、新しいおもちゃはいかがでしょうか。今夜は二つございます」 「……頼もうか」  サンタが重々しく答えると、どこからかカチカチと音がした。その直後、サンタのサングラスにメッセージが表示される。秘匿(ひとく)通信だ。 『 【オーダー】 ★行方不明になる子供、倒れるまでおもちゃで遊ぶ子供がいる。  情報を集め報告せよ。 ★クルードトイ社の社長に被害者への賠償を約束させよ。 発令 ラヴクラフト財団 執行 イマジナリーアームズ              』  サンタはニヤリと(わら)い、お金を置いて席を立った。
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