chapter 4 フェイクな花嫁

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・・・・・・ 花嫁控室の扉が勢いよく開かれた 途端にミラージュスタッフが慌しく叫ぶ 「お嫁様戻られましたっっ!」 「ドレス係!!」 「急いで!2分オーバーよっ!」 「ストーンが欠けていないかチェック!」 「十粒数万よ!」 高価な数百万円もする数メートルの 長い総レースのベールは数名のスタッフによって すぐに蒸気プレスをかけられ 薬剤と共にベルベットの箱に丁寧にしまわれる 複雑に止められたドレスのボタンを二人がかりの スタッフで外す   「脱がせます!せーのっ!」 掛け声と共に一気に杏奈のドレスを引きずり下ろす 杏奈は貴重なドレスを踏まないように インナー姿のまま大股でジャンプして飛びのいた 「さぁ!お嫁様!この中にっっ!」 「ハイッ!」 次に海の様に広がった真っ赤な生地を一生懸命 かき分けて 真ん中に穴をあけて待っているスタッフの所に行き 杏奈は勢いよくズボッっと足元から入った 今度のドレスは「深紅の情熱のバラ」の コンセプトでまるで童話の世界から抜け出てきた お姫様のようだった ミラージュスタッフはこの日のために 随分以前からプロモーションの企画を練り上げていて 彼女達は杏奈を完璧な女王に飾り立てることに 命を燃やしているようだった 今や杏奈は彼女達のそんな情熱的な仕事ぶりに 魅了されさんざんいぢられ、小づき回されても できるだけ協力しようと心を砕いていた 「メイク班!」 リーダーが叫ぶとこれまたどこからともなく 数人が杏奈を囲んで粉を巻き上げた 杏奈はむせないように息を止めた 彼女達の腰には予備の銃弾のように メイクブラシが巻き付いている 「3分オーバー!」 「お嫁様出ます!」 「まって!右!手袋まだです!」 「早くして!」 「5分オーバー!」 .:*゚:.。: .:*゚:.。: 披露宴は宴もたけなわになり 会場はおしゃべりと陽気なひやかしが充満していた 良い披露宴だと誰もが口々に言っている わいわいがやがやと反響する雑音のせいで さすがの大和も少し疲れを感じた 横の杏奈を見ると数時間前と変わらず彼女は 美しかった しかし笑ってはいるものの 今や彼女の耳には小さなワイヤレスイヤホンが 差し込まれており その表情には鬼気迫るものがあった
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