chapter 1 血の繋がり

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杏奈は少し頭を下げて言った 「姫野です、お呼びでしょうか?」 「用がなければベルを鳴らしたりしないだろう」 杏奈は心の中でムッとするのをこらえた ―何て素敵な態度かしら― 「マーシャル商事との契約書はどこにある?」 吐き捨てるようにあきらかにイラついた彼が言った 杏奈の見立てでは今の彼のご機嫌は 中の下という所だった どうか上手く癇癪を避けられますようにと 心の中で祈ったがまったく無傷で すむとも考えていなかった 杏奈は豪華な社長室を足音もなく移動し 社長机の横の壁を埋める ファイル用の引き出しに足を止め 上から二段目を音を立てず開けた そこには顧客の個人情報大部分と この会社が手掛けている海運取引きのファイル すべてがつまっていた 「二日前にファイルの整理をしておくように おっしゃいました」 と杏奈はデスクにそっとファイルを置き ボスに嫌味なく自分が指示した 業務内容を思い出させるように説明した 彼の厳めしい顔の表情が少し和らいだ 彼はファイルから契約書を取り出すと 熱心に目を通し始めた ・・・・・顔はいいのよね・・・・・・ 杏奈は自分の感情を押さえ 目の端でボスを観察した 秘書になってもっとも鍛え抜かれた技は あからさまに見ないふりをして目の端で その人を隅から隅まで観察できる能力だった 黒に近い豊かに波打つ髪・・・ 後ろはすっきりした刈り上げで綺麗に整えられている 後頭部が綺麗に盛り上がった頭の形は短気な性格を表している 高い頬骨と今は流行りではないのかもしれない 古典的な面長で鼻筋の通った彫りの深い顔立ちだ 太く弓状に引かれた眉も、少し目じりが下がった 二重の目も整い過ぎているほどで 全身から醸し出している 岩のような堅実さと力が この会社を一人背負っているプレッシャーなど 見事に跳ね飛ばしていた 見た目は素敵でも海運王は頑固で 部下に厳しい要求をする手ごわいボスだった
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