chapter 5 豪華客船とワルツ

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ネイビーブルーと淡いからし色のスラックスを 身に着けた大和はシャワーを浴びたのだろうか まだ洗ったばかりの髪を後ろに撫でつけて微笑んだ    そして・・・ 彼の笑顔はこの海の景色に劣らず目の保養だ 急に喉の渇きを覚えて杏奈はフレッシュな オレンジジュースをひと口飲んだ 「ええ・・目を見張るほど素晴らしい眺めだわ」 海ではなく杏奈に視線を あてたまま大和はうなずいた   「よく眠れたみたいだね 顔がスッキリしているよ 」 杏奈は頬を染めると彼の視線を避けてうつむき 皿に盛ったフルーツをつついた 「さっそくマンゴーを食べてるな 今の時期が一番うまいんだ一つくれ」 フォークを持っている杏奈の手を掴み そのまま彼が大口をあけてマンゴーを食べた 彼の口の端から伝ったマンゴーの汁を 彼の舌がペロリと舐めた どういうわけかその仕草がとてもセクシーで 思わず杏奈は体を震わせた 彼は友達という昨日の言葉を実行したのだろうか それともこれも夫婦の演技? そして彼が杏奈を見て二人の視線がぶつかった時 最初に目をそらしたのは杏奈の方だった それから彼は朝食を取りにビュッフェに向かった 顔を上げるたびにビュッフェゾーンで乗客と 言葉を交わしている彼の姿が目に飛び込んでくる 彼はどこかしこに知り合いがいて 杏奈はことさら彼を意識してしまっている自分に 嫌気がさしていた   きっと頬が赤くなっているに違いない   私の夫は抗うことのできない 官能的な魅力を持った人・・   フェイクだけど・・・・ 杏奈は首を振った 彼には単なる友情以外のものはちらりとも 見せてはいけない 私は彼しか見えなくなるような そんな女性にはなりたくない もう愛など信じていない 少なくとも一生続く幸せなどあり得ないと思っている あまりにも多くのことが変わってしまった 私自身も変わった もう愛も男性も信用するつもりもない 杏奈はもう一回オレンジジュースを飲み込んだ 彼の隣でフェイクの新妻として微笑み 会話し、何食わぬ顔をする・・・・ 相応の役目を果たすのは思ったより 大変なのかもしれない
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