chapter 5 豪華客船とワルツ

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目のたるみと口元のしわを取り除いてみたら 若い頃はさぞかし美人だっただろうと 思わせるような顔つきで 彼女から発せられるエネルギーは若者には 負けないといった感じだった この船に乗ってはじめて気さくに 声をかけてくれた乗客に思わず杏奈は嬉しくなった 「よ・・・よろしくお願いします」 杏奈もキクエに微笑んで挨拶した 「クルーズに参加するのは夫を亡くしてから7回目よ 何度も参加している理由は何だと思う? フロア狭しと踊っていると 二十代に戻った気分になれるからよ それにダンス・パートナーは若くてハンサムぞろいだし」 そう杏奈にウインクするキクエの話を聞いて 杏奈はインストラクターのダンサーに目をやって 思わず笑いそうになった もっとも若い男性でも50代は とうに超えているだろう みんなお腹が出ていたり おでこの生え際が後退している人ばかりだった 「そろそろレッスンを始めましょう みなさんペアになってください パートナーがいない人は右端に並んで ベテランインストラクターがお相手しますからね」 一人のインストラクターが手を叩いて言った 休めの体制をしているが みんなコンパスのように姿勢が良い 「あ・・・あの私初めてなんで・・・ その・・・超初心者用とかないんですか?」 途端に不安になって杏奈はキクエに耳打ちする 「心配しないで、あなたみたいな人は沢山いるわ インストラクターにお任せしてダンスを楽しんで」 さすがはクルーズの常連だけあって キクエは事情に精通している とはいえダンスにはまったく自信がない そもそも自分にリズム感が備わっているのかさえ わからない 音楽のリズムを頭に描くだけで足がもつれそうになる やっぱり・・・・ くるんじゃなかったかな・・・ 私には踊れそうにはないわ 「怖いのかい?  大丈夫  ダンスはテクニックじゃなくて誰と踊るかだよ」 耳元で囁かれ 驚いて杏奈は心がときめいて体をこわばらせた 振り向かなくても囁いたのが誰かは明らかだ 「え?お仕事は?」 「抜けて来た どいつもこいつもリモートで報告会だ何だと 僕がいなくても上手くやってくれるよ こっちは新婚旅行中なんだ」 大和の眉が片方小ばかにするように上がった 「あら!大歓迎よ!海運王! 私もあと三十歳若かったらお相手してもらうのに」 キクエが目を輝かせて言った 「僕が相手では不満かな?」 「え?・・いいえ・・・・ 教え方がうまいといいのだけれど・・・ 」 「試してみよう 」 セクシーに瞳を輝かせ 彼はそのまま右手を杏奈の背中にあてワルツの体制を取った 驚いた!彼は踊れるんだわ!
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