chapter 1 血の繋がり

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悔しいけど彼にスプーン一杯ほどの謙虚さがあったら これまであった中で 一番セクシーな部類に入る男性なのに 「入力してほしい原価分析表とPDFデータに してほしい手紙や書類があります あと時間があったらこのファイルの中身に目を通して 僕が戻ってくる前にマーシャル関係の書類を まとめておいてください」 杏奈はホッとした 彼が敬語になるということは なんとか癇癪が収まった合図だった 今言われたことをタブレットPCに素早く入力し 杏奈はロボットのように言った 「かしこまりました」 「下がってよろしいですよ」 秘書室に戻り杏奈は両手で音を立てない様に そっとドアを閉めた 社長のオフィスから海を見渡す全面窓ほど 感動的ではないが 杏奈の机の真正面の窓からも それは見事な太平洋が見渡せた 三年間このオフィスに勤務して、あの怖い癇癪持ちの社長秘書として、長年我慢出来る理由の一つは この贅沢な秘書オフィスだ 冷暖房は勿論のこと、空気清浄機、加湿器など このビルのセキュリティAIで自動で管理され たとえ外が猛吹雪であろうと 一年中小春日和の陽気に設定されている 社内BGMは森林の小川のせせらぎで 常に爽やかだ 設置されたドリンクバーは、24時間コーヒーや ソフトドリンクは飲み放題で 給料も高く気を抜くとこの贅沢が当たり前に なってしまう所だが 勤労意識の高い杏奈はやはり秘書としてここにいる間は一流の仕事をしたいと思っていた 毎日時間を正確に守り、誠意を持って 周囲の人全員のために快適な仕事環境を作りつつ 自分の仕事に全力を尽くすと心に決めていた 1時間後彼の指示通り原価分析表を完成させた時 また社長オフィスから呼び出しのブザーが鳴った 今度はさっきのように怒りに任せてブザーを鳴らした感じではなかった 杏奈がタブレットPCを片手にオフィスに入って行くと 彼はうわの空で皮張りの椅子に深く座り足を組んでいた 「姫野さん・・・・・ マーシャルの社長と今夜時間を取れたんです ここから近い所で会食できるよい所を知りませんか 行きつけの店まで行く時間がないのでね 食事がうまくて個室が取れる所が良いんですが」 「3分お待ちください」 杏奈はその場でタブレットPCの画面をタッチペンでせわしなく叩き、次々と社長の要望通りの 店をリサーチして言った そしてきっちり3分後 自分のボスにふさわしく 格調高く料理のおいしい店を一軒見つけた 「(フグ屋源平)はいかがでしょう? ここからあまり遠くないところでお料理はおいしくて 下関直送のフグとカニが好評です 今は地酒フェアをやっていまして 店は三階に豪華な特別個室席があります 」 素早く情報を提供すると彼に タブレット画面いっぱいの その店の個室の画像を見せる 「良いですね、そこにしましょう」 「予約の時間は8時でよろしいですか?」 「ハイ」 「とれました」 「で、どう行ったらいいのかな?」 「社長の端末にお店の住所をお送りします 予約一時間前に音声ナビゲーションが道順を 教えてくれるようにセットしておきます」 「わかった」 「商談が良い方向に向かいますことを 心よりお祈りいたします」 「ありがとう」 彼は礼を言って杏奈を下がらせた ボスの期待を予測し冷静に対応できたことに満足した 杏奈は自分のデスクに戻り、メールをチェックしながら婚約者の正人の事を考えた 途端に杏奈の心に温かいものが芽生えた   あの非情な海運王に比べたら マー君は天使だわ
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