chapter 5 豪華客船とワルツ

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杏奈は一人リドデッキを当てもなくフラフラ歩いた 会議室から随分離れた所で デッキの手すりにもたれて 船と一緒に並んで泳いで遊んでいる イルカをいつまでも眺めていた まだ心臓がドキドキしている この香水は危険だ いつも礼儀正しくて紳士の彼を あんなふうにしてしまうなんて・・・・ 杏奈は逞しい彼の胸にぴったりと頬をつけたまま 規則正しいけども妙に早い彼の鼓動を聞いていた アフターシェービングローションの爽やかな香りと コーヒーのかすかな匂い・・・・ 深呼吸して彼のあごから首を覆う髭剃り跡を 思い出していた 彼の大きな手が背中に置かれているのを感じ もしこの手が自分の胸に触れてきたら いったいどんな感じがするのだろうとも思った 彼は正人とまったく違う・・・ いや・・・ 父とも似ても似つかない それどころか杏奈が人生で出会ってきた どの男性とも違っていた 気のせいか正人と父は少し似ていた 体や顔つきはまったく違えど 雰囲気がどこか頼りなくて 杏奈が主導権を握れる気がよくしたものだ 母の小言を心の中では嫌だと思いながら いつも黙って聞いてる父・・・・ 杏奈にとっては正人ともそういう力関係になれると思い どこか彼との恋愛は想定内でそれが安心出来たものだ しかし大和は今までオフィスで見ていた 冷たい人間とはもう思えなかった あの厳格そうな仮面の下にはきっと 情熱的な愛情が溢れているような気がする 正人と別れた時杏奈はもう二度と どんな男性にも心を許さないと誓った 男の人の言葉を疑い、相手を避け 孤独を好む癖がついた・・・ でもそれで心の傷が癒えたわけではない しかし彼を目の前にするとその傷が氷のように 溶けていくような気がする いったい彼の何がこんなにも杏奈の心の琴線に 触れてくるのだろう・・・ 彼を前にするとどうしてこんなにも落ち着かない 恐怖さえ感じる気持ちにさせられるのだろう 実は彼を心の底では深く求めているのではないかとも考えていた さっきも無意識に彼の頬に触れてみたいと思っていた だけどそんなことが出来るわけがない 海運王は私が気軽に相手に出来る人ではない こういう男性に惹かれると身を焼くような 恋をすることになり やがては報われない恋に心が 灰のごとく燃え尽きてしまう 杏奈は舞いあがらないようにと心に戒めた どうせ半年経てば他人なのだから・・・・・
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