chapter 6 太陽と風に抱かれて

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「門のバラがとても綺麗でここの庭師に とても会いたかったの 私花が大好きなの これからいろいろ教えてくださると嬉しいわ」 それを聞いた秀樹が鼻血を吹く勢いで さらにしゃべりだしたものだから お富はそそくさと杏奈を次の場所へ移動させた 二人は山ほどのタオルを抱えて 各部屋のクローゼットに向かいながらも お富の語る安部家の歴史は途切れなかった 「お坊ちゃま・・・・ああ・・いけない つい昔の癖で旦那様とお呼びしないとね 彼は本当にお小さい頃から優秀な方でした 大旦那さまがお体を悪くされて 海運事業が傾きかけた時 彼が昼夜と身を粉にして働いて―」 家政婦長は身振りで周囲を示した 「若くしてこれほどの成功を収められたんです まさしく大旦那様の血を引き継いでいらっしゃいます」   どうやらフェイクの夫の事についてはこの家の 召使いに率先して話させたほうが 色々学べそうだ 「それほど大和さんは お爺様に似ていらっしゃるのに・・・ どうしてあの二人は衝突したのかしら 彼のお爺様はそれはとても厳格な 方でいらっしゃったのかしら? 大和さんがこの家に寄り付かなくなったほど・・・」 お富さんは途端に厳しい顔になった 「厳格と言うより それはもう公平なお方でした 理不尽な事は絶対にお認めになりませんでした お坊ちゃまと大旦那様が衝突されたのも あの女のせいですよ 」 「あの女?」 驚いた! 彼と祖父がこれほど衝突した原因が なんと一人の女性だなんて お富は涙ながらに語り出した 推測するにこの優しいが少し軽率な家政婦長は きっと杏奈は大和から何もかも聞いた承知の上で 結婚してこの屋敷に帰ってきたと認識しているらしい なので杏奈は話を合わせて いかにも安部家の事情通の顔をして聞いた 「大旦那様は正しい事をしたと今でも私は 思っています 大和様はお若い情熱に犯されていたんですよ ええ・・・ 情熱的な男性は誰でも通る道でございます 本国の大学で知り合ったとかいう それは美しい女性と結婚したいと 本家にお連れになったんです でも大旦那様はその女性の本性を 見抜いていらっしゃったんです 」 「本性・・・・・」 杏奈はお富の言葉を聞いて固まったが ゆっくり頷いた 「大和坊ちゃまがぞっこんになられていた女性は 安部家の財産が目当てだったんですよ その証拠に大和様がいらっしゃらない時に 大旦那様がその女性に坊ちゃまと手を切れ と大金を握らせました するとその女はあっさりとその大金を持って 本国に帰られたんですよ」 あまりの驚きに開いた口が塞がらない やはり彼には過去に女性不信になる事件があったのだ 彼の態度は以前に比べては少しは優しくなっているが 彼を女嫌いだと見抜いていた杏奈の勘は やはり正しかった 「でも大旦那様はわかっていらっしゃったんです 自分が愛してやまないこの家や この島・・・そしてこの島に住む 全ての住民の幸せを守ってくださるのは 大旦那様を除いては 大和坊ちゃましかないって・・・・ 」 富が涙を拭きながら杏奈に話す 思えば・・・ この人達も彼が結婚するまで自分達は・・・・ この島はどうなるだろうと不安だったに違いない   私達が書類上だけでも結婚し祖父の遺言を守り この島を彼が相続したことによって この人達も今までと変わらぬ生活が出来ると 安堵しているのを見て少しだけだけど 良い事をしたのかもしれないと杏奈は思った さらにお富が満面の笑顔で杏奈に詰め寄る 「ぜひ!一日も早く安部家のお世継ぎを! 私が生きているうちに可愛い赤ちゃんを 抱っこできる日が来るなんて こんなに嬉しい事はありません 」 家政婦長の喜びに輝かんばかりの笑顔に 杏奈は顔をひきつらせて笑うしかなかった
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