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杏奈はもう一度彼に微笑み
見せつけるように木のしゃもじで
土鍋のご飯をぐるりとかきまぜてほぐした
甘い白米の湯気があたりに立ちあがり
途端に大和の口の中に唾が貯まり
ゴクンと大きな喉が鳴る音がした
朝食を食べない主義などどうでもよくなった
途方に暮れたように大和は無意識に
フラフラと朝食の前に座った
そして最後に杏奈が大和の目の前に
こんもり炊き立てのご飯を小山に盛った
お茶碗を置いたのを合図に
大和は朝食をガツガツと貪りだした
一口、もう一口と食べるごとに長い事忘れていた
幸福感に満たされるのを覚えた
朝にこんなに何かを腹に入れるのは本当に久しぶりだ
途中で空になった茶碗に杏奈が
こんもりと白飯をわんこそばのように足した
もう少しで喉が詰まるというタイミングで
冷え冷えの麦茶を目の前に差し出され
大和は一気に2杯お茶を飲んだ
食堂の心地よいぬくもりと
テキパキと働く杏奈の姿に
胸の内になんとも言えぬ喜びが湧いてくる
すっかり満腹になりずっしりと胃に幸せな重さが残り
尻に根が生えたように動くのがおっくうになった
「沢山食べてもらえてよかったわ」
杏奈が大和に向かって微笑んだ
大和は彼女の笑みを見てくらくらした
温かく光り輝くような笑顔が
まるで一瞬の魔法のように彼女の優美な
顔いっぱいに広がった
ディアマンテの社長秘書をしていた頃の
アンドロイドのようだった彼女と
同じ人間とは到底思えない
間違いなく彼女のはずなのに
―仕事に行きたくない―
37年間生きてきて生まれて初めて
仕事などどうでもよい感情が自分の中に現れ
大和はショックを受けていた
このまま彼女とコーヒーでも飲みながら
のんびりと午前のおしゃべりを楽しみたい
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