chapter 2 運命の向こう側

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ワインを注文した覚えはなかったが いつの間にかピノワールのボトルが二人の テーブルの真ん中に置かれた 深みのある赤ワインが注がれた長い柄の クリスタルグラスが杏奈の沈んでいた心を 輝かす様にキラキラ光を放った 「すいません  私お酒は飲めないんです」 「君は人生を真面目にとらえているな」  杏奈は眉をしかめた 「他にどうしろというのでしょう?」 「駄目だ・・・・また襲ってきた」 彼はまたくっくっくっと声を抑えて笑っている 杏奈が睨むと彼は 手に負えない笑いを何とかしようと ゴメンゴメンと手をヒラヒラさせた 彼はハンバーガーを注文はしなかった 彼が頼んだコース料理が来たのでしばらく二人は 料理に集中した ふいに舌の上で味がはじけた パリパリした冷たいレタス 僅かに海老を混ぜ込んだスパイシーな肉 なんだかわからない甘い風味 生牡蠣のオードブルには 思わず眉根をよせて「う~~~ん♪」と 杏奈は声をもらしてしまった すると彼の瞳に恍惚とした表情の自分が 映ってるのに気が付いた 彼の笑みはまさにこの恍惚状態を理解している 事を物語っていた 彼も同じオードブルを自分の口に放りこんで 美味しそうに料理と一緒にワインを流し込んだ それがあまりにも美味しそうなので 杏奈も思わず同じように真似をしてワインを飲んだ そうやって次から次へと海運王は 高級料理初心者の杏奈をめくるめく美食の旅へと導いた そのあとはほんわかした雰囲気で社長が たった5歳で母親を、そして15歳で交通事故で 父親を亡くした事を聞いて衝撃が走った それから去年亡くなった 祖父に育てられた経緯を聞いた 父親も母親もまだまだ健在な杏奈からしたら 両親が亡くなるなんて想像も出来なかった 幼い頃に親をなくして厳しい祖父に育てられた彼の 子供時代を思ったら可哀想になった 「お母さまのことを何か覚えていらっしゃいますか?」 杏奈がためらいがちに聞くと 彼は頭を左右に振った 「子供の頃・・・ 病気した時に看病してくれたのはお富さんだよ 本を読み聞かせてくれたのも 喧嘩のあと傷の手当てをして それから大目玉を食らわせたのも・・・・」 それから彼は懐かしむようなため息をもらした 「なつかしいな・・・・ もう随分帰っていないから・・・・ お富さんは僕の実家の総取り纏めのお手伝いさんでね 祖父の代から仕えてくれているんだ 母親のことは彼女から聞いた思い出が多いな 乳癌だったらしい 当時はまだ難しい病気でね・・・ 乳房切除の手術が二回 科学療法を四か月も続けたり 当時の最先端の医療を受けまくることは出来たものの 母は様々な副作用に苦しみ続けたあげく 何をやっても腫瘍マーカーの数値が下がることはなかったらしい」 「・・・お気の毒に・・・」 あなたが語らなかったことはすべてわかるわと 言ってあげたかった
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