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彼はしばらく後ろから着いてきていたが
やがて追いつくと再び並んで歩きはじめた
散歩をすれば酔いが冷めると思ったのに
綺麗な海の景色を楽しみたいのに
杏奈は隣のゴージャスな男性から
目を離すことが出来なかった
人生と責任が彼の眉間と口の横にしわを刻んでいた
でもそれは手厳しい海運王ではなく
人としての魅力を添えただけだった
厳格なのにユーモアがあり
冷徹だけど思いやりに満ちている
それを今日知ってしまった
こんな男性他にいない
そう意識してしまうと杏奈は途端に緊張し
思わず軽い口調で思いつくことを言った
「今夜は失恋したての女としましては
ゴージャスすぎる夜でした
きっと・・・一生の思い出になりますわ 」
「寂しいことを言うね」
杏奈は答えなかった
ちゃんと声に出せる勇気がなかった
彼に背を向け海を眺めた
月が投げる光の帯と
寄せる波がただ均一に漂っている
いつの間にか堤防の端まで来て目の前には
コールタールのような夜の海が広がった
二人とも無言で向きを変えると
来た堤防の道を戻りだした
今度は二人とも黙ったままだが
杏奈は隣の大きな存在感を強く意識していた
先ほどのレストランで彼の笑顔の魔法が
まだ効いている
突然ピタリと彼が立ち止まった
それにつられて杏奈も立ち止まり彼を見上げた
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