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それから杏奈は海運王に家の近くまで送ってもらった
すっかり酔いが冷めた杏奈は湯の温度を調節し
降り注ぐシャワーの下に入ると
桜の香りのボディシャンプーを体に刷り込み
彼の淡々と語る「ビジネス結婚」の条件に思いを巡らせた
フーッとため息をつきながら
熱い湯船に首まで浸かり安部大和と初めて
会った時から今までをざっと思い出してみた
彼のオフィスに足を踏み入れるたびに
彼は他人を従わせる力がある
あのまなざしで杏奈を見ていた
杏奈は常に彼の部下として
ふさわしい振る舞いを心がけ
彼の視線が必要以上に長い間向けられている時は
目をそらそうと努めて来た
風呂からあがってしばらく立っても杏奈はなかなか
彼が持ち掛けた「ビジネス結婚」の商談話から
抜け出すことが出来なかった
実際机の引き出しに入れてある
むりやり持って帰らされた
契約書はもう何度も隅から隅まで読んだ
そしてノートパソコンを開いて
結婚したら彼が相続するという
彼が生まれ育った島根の外れの小さな島とやらを
Google Earthなどで調べてみたりもしていた
人口5000人ほどの小さな美しい島だった
漁業が盛んで海産物がふるさと納税の
贈り物ランキング1位などにもなっていた
彼はどうしてそんなにも
この島を手に入れたいのだろう
愛してもいない相手と偽装結婚までして?
そしてロマンティックとは程遠い海運王のあの人がいくらビジネスとはいえ未来の夫になっていたかもしれないと考えると大きくため息をついた
どう考えてみても二人の結婚は取り引きなのだ
ロマンスも何もない
自分は彼を愛していないし
彼も自分を愛していない
しかしビジネスと考えてみればこの商談はとんでもなかった
自分が彼の妻として半年間
何事もなくふるまえば
自分には報酬があてがわれる
6千万の慰謝料だけでも驚くのに
あの素晴らしい立地の店舗が自分の物になるなんて・・・
途方もない話だ
そして事業が軌道にのるまで社長はきっと
約束通り全面的に援助してくれるだろう
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