chapter 2 運命の向こう側

32/32
前へ
/383ページ
次へ
商談をするように淡々と「偽装結婚」の項目を 読み上げる彼を思い出した 杏奈は会社の前の公園のベンチにすわり すぐ近くにそびえ立つ ワールド・トレードセンターを見つめた 「・・・・要するに彼と結婚して半年間彼の妻として 一緒に暮らして上手くやれば・・・・ 私には6000万円の報酬と あのビルのテナントが手に入る・・・・ 」 ついこの前までは正人と結婚し、節約だらけだけど ささやかな結婚生活を夢見ていたのに・・・ 愛さえあれば何でも乗り越えられると信じていた でも今回の事でよくわかった 愛ほど不安定で不確かな物などない 自分は男性を見る目がない 正人ならカンナじゃなくても相手が誰であろうと また平然と裏切る気がする 自分の幸福を男性との結婚生活の上に考えるのは もう止めよう・・・ 結婚したからと言って必ずしも 幸せになれるとは言い切れない 母の美佐江は父とは見合いで結婚した 表向きは夫婦仲良く暮らしているが 杏奈が中学生の時に母は父の浮気を疑っていた そしてある夏の日クラブから帰った杏奈は 母がお茶の間でテレビを大音響でかけて 泣いていたのをこっそり見た テーブルには「浮気調査」の書類が置かれていた それでも母は何事もなかったかのように 杏奈達を育ててくれた いやむしろ杏奈達を大和撫子に育てるのに いっそう熱が入った しかし時は経ち、家を開けがちだった父が どういうわけか平日は早く家に帰るようになり 日曜日も家にいるようになった 杏奈はその時父は浮気相手との情事は終わったと感じた 父は再び私達の所に戻って来たのだ しかし父は相変わらず家にいても どこか孤独を好み、自分の趣味のゴルフや スポーツカー模型の収集に没頭した そんな家庭をあまり顧みない父に 母はかわらず献身的に尽くしているが ふと父を見る目にどこか蔑みの色が含まれているのを杏奈は見逃していなかった どこの家族にも秘密はあるものだ 両親の心の中にも・・・・・ 杏奈は自分の幸福とは何かを考え想像した 溢れる花に囲まれてフラワーアレンジメントで 生計を立てている自分・・・ 家族のしがらみやお金に縛られないで 好きな事をして生きている自分・・・ 公子おばさんと瞳を輝かせて夢を語り合っている時 杏奈はこの上なく幸福だった 全てがどんどん変化していく 公子おばさんとフラワーショップを経営する夢も 正人と結婚するのが当然でまっすぐに敷いたつもりだった道も 気が付けば途中で何度も曲がり落とし穴があった そして昨日は思いがけず海運王にプロポーズされた 偽装結婚だけど もしかすると当初自分が目的地と思っていたのとは 違う場所へたどりつくのかもしれない 杏奈はぶるっと体を震わせた 杏奈の気持ちは決まった たとえ失敗したとしても もう自分の人生には失うものなどなかった 杏奈は海運王 安部大和に会いに行こうと立ち上がった
/383ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7608人が本棚に入れています
本棚に追加