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「くるみから聞いたんですが
杏奈先輩が連れてっ行ってくれたフグ屋さん
今度の慰労会にどうでしょう?」
「それよりお花見は今年はどうします?
去年は・・・・ 」
「話題の新作コスメの激安サイト見つけました!」
杏奈を真ん中に挟んでみんなめいめいが話し出して
業務が終了して解放感にひたっている
後輩達の中身のないおしゃべりが飛び交う中
ひそかに杏奈は焦っていた
―どうしよう・・・
タイミング悪いなぁ~・・・・
その時シルバーのアストンマーティンが
文字通り滑り込んできて
ぴたりと杏奈を囲む秘書軍団の前に停まった
このシルバーの日本では数人しか所有者がいない
アストンマーティンは海運王の
車だとこの会社では知らない者はいなかった
車中の男性が体を助手席に乗り出して
内側から腕を伸ばすと彼女のためにドアを開けた
その男性を見て驚いたクルミとその他秘書後輩達は一時停止のようにカチンとその場に固まった
全員今にも目玉が飛び出しそうなくらい
ひん剥いている
あたりが一瞬シン・・・・とした
すぐそばでガードマンが
わが社の海運王に挨拶をしようとして
敬礼したまま口をポカンと開けてこちらを見ている
正面玄関から出て来ている社員達も
この様子をザワザワと伺っている
うちの海運王はあの秘書軍団の
いったい誰にドアを開けたのだろう
誰もが興味津々で動きを止め
固唾を呑んでこの様子を見守っていた
「早く乗りなさい
後ろがつかえている」
海運王は杏奈を見つめてきびきびと命じた
秘書軍団は一時停止のビデオのように
凍り付いている
そのうちの一人がドサッとカバンを落とした音が
シンとしたあたりに響いた
「そ・・・それじゃ・・・
ま・・・また明日ね・・・ 」
そう言うと杏奈は隣で固まっている同僚達や
正面玄関で囁きあっている社員軍の群れの視線から
逃れるようにシルバーのアストンマーティンに乗り込んだ
シートに滑り込んだ途端
富と皮の香りが杏奈を迎えた
淡いクリーム色のキッドスキンレザーの
シートに座るとまるで包み込まれているような気がした
案の定アストンマーティンが走り出した後に
我が社の正面玄関一体に秘書達の悲鳴が轟いた
中には車道に飛び出して来て
二人を確認する男性社員も
ルームミラー越しにハッキリ見えた
ガードマンはまだ敬礼したまま口を開けている
途端に杏奈はバツが悪くなってうつ向いて言った
「あ・・・あの・・・・・
みんなに見られてしまいました・・・」
「そのためにしているんです
見せないでどうします」
彼はそっけなく言ったがどこか面白がっているようだった
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