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本当に美味しいお寿司はほんのり温く
職人さんの手の温度で口の中で瞬時に
ほぐれて米は無くなり
淡白なネタが最後に後味を引いて残った
こんなに美味しいものを食べると
もう元の世界に戻れないのではないかと思うぐらいだ
寿司は順番に白身、赤身、こってり、巻物、汁物と
杏奈が寿司を口に運ぶたびに
新しい寿司が次から次へと下駄に置かれる
やがて満腹になった二人が微笑んで
あがりを飲む頃には
杏奈の緊張はすっかりほぐれ
大和がうまく会話に水を向けたこともあって
和やかな会話が続いた
「今回の取り引きで報酬の他にも
僕に何か頼みたいことなどありませんか?
たとえば気を付けてほしい事とか・・・ありましたら」
大和がふいに偽装結婚の件を切り出した
いつの間にか目の前にいた寿司職人は姿を消し
二人の前には巨大な水槽の中で優雅に泳いでいる
魚だけが残った
「いいえ・・・
報酬はもう十分すぎるほどです・・・
でも・・・
もし何かお願いを聞いていただけるなら・・・
一つ・・・あります・・・ 」
「どんなことですか?」
大きなマグロがゆったりとまるで美しい
自分の巨体を見せびらかす様に
二人の目の前を横切って行く
大和はじっとマグロを見つめていたが
杏奈はうつ向いたまま言った
「できれば私と恋に落ちたふりをして欲しいんです」
二人の間に沈黙がおりた
長い時間が流れているような気がした
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