chapter 3 偽装契約

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本当に美味しいお寿司はほんのり温く 職人さんの手の温度で口の中で瞬時に ほぐれて米は無くなり 淡白なネタが最後に後味を引いて残った こんなに美味しいものを食べると もう元の世界に戻れないのではないかと思うぐらいだ 寿司は順番に白身、赤身、こってり、巻物、汁物と 杏奈が寿司を口に運ぶたびに 新しい寿司が次から次へと下駄に置かれる やがて満腹になった二人が微笑んで あがりを飲む頃には 杏奈の緊張はすっかりほぐれ 大和がうまく会話に水を向けたこともあって 和やかな会話が続いた 「今回の取り引きで報酬の他にも 僕に何か頼みたいことなどありませんか? たとえば気を付けてほしい事とか・・・ありましたら」 大和がふいに偽装結婚の件を切り出した いつの間にか目の前にいた寿司職人は姿を消し 二人の前には巨大な水槽の中で優雅に泳いでいる 魚だけが残った 「いいえ・・・ 報酬はもう十分すぎるほどです・・・ でも・・・ もし何かお願いを聞いていただけるなら・・・ 一つ・・・あります・・・   」 「どんなことですか?」 大きなマグロがゆったりとまるで美しい 自分の巨体を見せびらかす様に 二人の目の前を横切って行く 大和はじっとマグロを見つめていたが 杏奈はうつ向いたまま言った 「できれば私と恋に落ちたふりをして欲しいんです」 二人の間に沈黙がおりた 長い時間が流れているような気がした
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