1.

2/5
183人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
「あー、クソ。休日出勤押し付けといて、陰で人のこと”客寄せパンダ”呼ばわりしがやって。あのナガナスがっ!」  ”ナガナス”で、日下部さんが怒っている相手が倉庫の壁ではないことが分かった。  長砂(ながすな)さんだ。  お調子者で、要領がいいと自負している彼は、いつも面倒ごとを人に押し付ける。それでいて、あちらこちらで人を馬鹿にしたような発言をする。自分がこの職場で一番賢いと思っているのだろう。でも実際は、この職場で一番見苦しい人だ、と私は思う。  つまり、嫌い。  イライラが収まらない様子の日下部さんを眺めながら、そりゃ腹立ちますよね、と頷く。  日下部さんはたぶん、人前で愚痴らない、怒らないと決めている人。いくらモテても、いくら人気者でも、毎日いいことばかりではないはずだ。腹の立つこともあるだろう。けれど、笑顔を絶やさず、誰にでも優しい。 「味噌汁にするぞっ!」  また壁に向かって日下部さんが大声を出し、ドスンと拳をぶつけた。その振動で、日下部さんの近くの棚から分厚いファイルが音を立てて落ちる。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!