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わすれていたね。
──時折、黒い影が視界の端を過ぎるようになった。
他人に話しても見間違いや気のせいだと一蹴されていたが、"それ"は確かに自分の周りに居た。時たまこちらの機嫌を窺うように物陰から姿を表したかと思えばすぐさま隠れる事も有り、影を追いかけようとすると途端に"それ"は立ち消えて居なくなってしまうのだ。
"それ"を怖いと思った事は無かった。例えて言うなら、悪戯をして叱られた幼子が母の後ろをついて回るようなものに似ている。
「何を許されたがっているの?」
ある日、影に尋ねてみた。……勿論、答えは返ってくるはずも無かったが、影は黒い粒子になると霧散した後に私をうすく取り囲んだ。
「──え、なに、」
"ごめんね、あなたを見守ってあげられなくて"
……どこからか聞こえた声に、思わず顔を上げる。
気付けば問いが口をついて出ていた。
「あなたは誰?私の事を知っているの?」
優しい声──否、声達は答えてくれた。とても申し訳無さそうに、それでいて、とても愛おしそうに。
"私達はあなたのことが大好きです"
"いつまでもあなたの事を思っています"
"あなたの幸せだけを願っています"
その声達を聞いた時に、何故か。温かい涙が頬を伝う。……私はこの声達を知っている。大人になる過程で聞こえなくなった、いとしいいとしい優しい声達。
「……っ、」
ぼろぼろ、ぼろぼろ。涙が止まらない。
"いつでもあなたは一生懸命だね"
"私達はちゃんと見てるよ"
"忘れないで、私達のことを"
"私達はずっと"
"あなたが大好きです"
「……ありがとう」
──かたん、と。背後で写真立てが落ちる。
大好きなおもちゃに囲まれた幼い頃の私が、写真の中でしあわせそうに笑っていた。
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